まず、浮かんだ言葉は『黒い』の一言だった。
 将也が純白の王子ならば、彼は漆黒だ。
 何度か見たことのある私服も黒ずくめとしか言いようがないが、同じ黒でも今纏っているのは普段ならば絶対に着ないようなデザインのものである。
 本当に逃亡中なのだろう。いつもクールというよりは無表情だが、今はどこか慌てているようにも見える。

「司馬に捕まってこの様だ。断じて俺の趣味ではない」

 何も聞いていないのに、珍しく早口に言うのは言い訳のつもりなのだろうか。

「……それ、まさか王子なんですか?」

 将也の白王子に対して黒王子なのか。王子と言えば、王子だが、善良には見えない。
 不機嫌を露わにして彼は今まで接客をしてきたのだろうか。将也の言葉から考えれば、いただけなのだろうか。
 いつものことだが、威圧感を丸出しにして客が逃げないものなのか。
 尤も、将也のように営業スマイルを浮かべる十夜など全く想像もできないのだが、
 気になることは色々とある。
 会いたくないと思っていても、会ってしまえば案外何事もないように思える。
「貴様こそ何だ?」

 ジロリと十夜が紗綾を見る。紗綾も決して普通の格好ではない。最早忘れていたのだが。

「浴衣……です。多分」

 何だと言われても困る。紗綾の趣味ではないし、敢えて言うならば十夜と同じなのかもしれない。

「うちのクラス、王子喫茶に対抗するために浴衣カフェになったんです」
「それが浴衣なのか……?」
「せ、先生に聞いてください!」

 十夜は怪訝そうだが、紗綾としては聞かれても困ることだった。
 それより、自分は将也に連絡するべきなのか迷う。目の前でそんなことをしようものなら、本当に呪われてしまうかもしれない。
 だが、放っておくのはいつも優しくしてくれた将也を裏切ることのように思えてしまう。
 ぼーっとしていると、十夜がいなくなるかもしれない。
 そう思った時、彼の背後から腕が延びてきた。

 ガッシリと両腕を捕まれて、十夜は抵抗を見せた。彼も油断していたようだ。