「お前、あの泉水を何で釣ったんだ?」
「別に何も?」
「あれを買収するとはおそるべし」

 佐野は何やらブツブツと言い始める。

「気にしなくていいよ」

 将也は笑うが、紗綾には気になることがあった。

「あ、あの、保健室って、まさか……」
「そう、まさかまさかの黒羽だよ。部活の方には行きたくないみたいだから、俺が保護してあげたの。一年の時から、あっちに取られてたから最後くらい、ね?」

 紗綾にはニッコリと笑う将也が天使に見えたが、佐野は苦々しい表情だ。

「あらかじめ用意しておいた衣装を無理矢理着せておいてよく言うぜ」

 無理矢理とはどの程度なのか。大抵将也が十夜に何かをさせる時は強引だ。そうでもしなければ、十夜は動かないからだ。


「じゃあ、ごめんね。また後で」

 将也も観念して戻ることにしたようだ。
 佐野は将也を連れ帰るまでは動かないだろう。

「今度は絶対抜け出すなよ? 怒られるのは俺なんだからな」

 念を押されて将也は「わかってるよ」と笑う。
 だが、そういう時が一番わかっているか怪しいというのが、香澄の談である。紗綾はふとそんなことを思い出していた。