「そ、それ、彼には言ってないですよね?」
「もちろん、言ってないよ」

 なぜ、犬の躾をしたかはわからないし、聞いてはいけない気がした。
 だが、彼は嬉々としてあの座布団に座っていたようにも思う。
 だから、真実を知られるのはまずいと紗綾は思った。

「絶対に言わないで下さいね。本当はそっちに入りたかったみたいですから」
「どうしようかな? 正直うざいところあるし、ついポロポロッと本音が出ちゃうかも」
「先生!」

 思わず紗綾は声を上げた。
 教師のくせに何て言うことを言うのか。
 今日に始まったことではないと言っても、前より毒の量が増えているように感じられる。

「冗談冗談。滅茶苦茶うざいのは紛れもない事実だけど、先生は月舘が嫌がることはしないからね」

 嵐は笑うが、説得力はまるでなかった。
 教師らしからぬ発言をさらりとするところがいけない。
 婚姻届のこともそうだが、その話題を持ち出してしまえば、また懐から取り出して、はぐらかされるのだろう。