今日黒野が立間を殺すと言う最悪の場合を考えると、二人以上はこの場にいるべきなのだが仕方がない。
恐らく外には彼女のSPが待機しているし、店内では人目がある。黒野本人が手を掛けるとは思えないけれど、直接でなくともこの近辺に黒野の仲間が潜み遠くから射殺の機会を窺っているとして、一人で立間の殺害を阻止できるかと言えば、それは不可能だろう。
SPが居ないならこの後遠慮無く立間を殺す事が出来るのに…。
SPの人数、銃の有無、また離れた場所にも待機しているのか。これが把握出来てない以上迂闊には行動出来ない。
黒野がどうするのかによって此方の出方も変わって来る。
「京介は何飲むの?」
「俺はマスターに任せるよ。」
ふと耳に入って来た聞き覚えのある声と男の低い声に、浩子は立間と黒野が店に入って来たのだと理解した。
「今日は車じゃ無いのね。」
「家が近いからな。」
「この辺だったっけ?じゃあ帰りはそのまま京介の家に泊まっちゃおうかしら。」
「別に構わないが明日は予定があるんじゃなかったのか?」
何故だろう、声が近い。
彼女達の席を確認しようと、声がすると思われる左のバーカウンターへ視線をやる。
――げっ!
いつか見た狐目に、左目の下にある傷…。
整えられたオールバックがやけに似合う男は、浩子と同じカウンターの三つ席を空けた左側に立間と座っていたのだ。
あの時、ブラウン管越しに睨んで来たのは間違いなくこの男。
――同じカウンターには座って欲しく無かった…。とにかく顔は見られないようにしないと。
「それに、外にいる奴等はどうするつもりだ…。彼等も仕事で君を護衛しているんだからあまり振り回してやるなよ。」
「分かってるわよ。もう、彼女なのに冷たいんだから。」
「ん?それは心外だな。」
ところで、今し方黒野は「家が近い」と口にしていたが、車で来ていないと言う事は徒歩で行き来できる距離に奴の一時的な拠点があると考えられる。
夜に単独で行う徒歩での尾行は色々とリスクが伴う。相手が武器を所持し、狭い路地に誘い込まれでもしたら隙を付かれる可能性もあり、暗闇では視界も悪く見失えばそれまでだ。
幸い、浩子はこの手の事に慣れているので夜の尾行については心配無いが、相手が黒野である事に些か不安が拭い切れない。
