『人は見た目や少しの会話だけじゃ本性なんて分からないじゃない。』
昨日の会話が蘇る。
だからと言って、こんなお人好しを疑えだなんて無理な話だと思う。疑う要素さえ無いし、そもそも何の疑いなんだか。
そんな事じゃなくて、とにかく今は優しい言葉を掛けて欲しくない。この人の心は清らか過ぎるのだ。
「今日で最後だね。お疲れ様!色々とありがとう!僕はこれから学会の準備で忙しくなるし今言っておこうと思って…。」
「…いえ、此方こそ四日間お世話になりました。」
いつの間にかイメージとして定着してしまったようで、彼の酷い隈を見ても驚いたりはしない。
ただ、不健康そうな感じは否めないので生活リズムの改善を勧めたいがそんな事は自分も言える口では無い為、思うだけに留めた。
「いやいや、…本当にお世話になったのはこっちだよ。」
「…え?」
「あ、いや…掃除とか資料の整理とか雑用ばっかりさせちゃって申し訳なかったけどお陰でこっちは助かったから。」
「ああ、でも俺は助っ人で来てたんですから当然です。」
自分の口から出て来る言葉が愛想の無い物である事から、本能的に会話を避けようとしているのが分かる。
そんな八代を見て何かを感じ取った橘は、「じゃあ、僕は仕事に戻るから。」と早々に八代の元から離れて行ってしまった。
連絡先は聞いてあるし、全て片付いたら飲みにでも誘ってみれば良い。
――あの人、CHMを辞めた後は何すんだ?
彼の後ろ姿を目で追いながらぼんやりと考えていると、他の研究員から手が止まっていると指摘され作業を再開したが…。
整理しなければならない資料は山のようにデスクへ積まれていて、それを見るとやる気が失せる為視界にはなるべく入れないようにと手を動かしても、一枚一枚を手に取って行く際の山の高さに結局は集中力を奪われてしまう。
それに、今手元にある資料にはガン細胞の増殖について細かく記されており、専門用語がチラついてとてもじゃないが理解は出来ない。それでも決められたファイルに整理しなければならないので、何の資料なのか把握出来ないと進まないと言うなんとも迷惑極まりない話。
――ググりながらやるしかねェか。
このままでは普通の倍以上時間が掛かってしまうと思った彼はポケットから携帯を取り出し、検索をかけながらこそこそと作業を続けた。
