着替え終わった浩子は車内から出て八代と入れ替わる。
八代は八代でシンプルな服装が好みなのでガジュアルな服が多い。浩子のように黒ばかりを着る訳ではないが、そこそこ気を使っているようだ。
その内に八代も着替え終わり、沈黙のまま二人で「jelact」と装飾された看板を横切って店内へと入る。
店内は大人の雰囲気が良く出ている内装で、珍しいのがバーカウンターが三つある事。テーブル席は無く、左右と奥のカウンターのみ。バーカウンターにはそれぞれ六席ずつ椅子が並んでいる。
暗めの照明の中、三人のバーテンダーが二人に会釈をした。
六時から営業しているようで、時間も早い為まだ店内に客はいない。
バーテンダーの案内で奥にあるカウンターへ座り、店内をぐるっと見回している浩子に八代が呟く。
「……ちょっと、飲んで行かねェ?」
「は、何で。」
「何でも。」
事務所に待機している皐月に、浩子自身につけている盗聴器の音の具合について、メールで確認を取るとすぐに返信が来た。
どうやら電波状況に問題は無いようだ。
確認が出来た所で盗聴器を外し、八代の提案についてどうしようかと考える。
少しなら別に問題は無いが、此方としては気まずい。
モヤモヤ考えていると、八代が勝手にバーテンダーの男性に声を掛けていた。
「ゴッドファーザーできますか?」
「はい、できますよ。」
――人の意見も聞かないで、……減給。
浩子はお酒に詳しい訳でも無いし、強い訳でも無い。ましてや仕事以外でバーに来る事等ある筈も無く、隣で慣れた感じで座っている八代に感心してしまう。ただのゲームヲタクだと思っていたが、案外普通の25歳なんだなと、随分と失礼な事を思いながらその様子を眺めていた。
頭の隅に欠片として僅かにある知識を引っ張り出すと、確かゴッドファーザーはあんずの実から抽出したアマレットを使用して作るアーモンド風味のカクテル。
何故彼がこれを好んで飲むかと言うと、恐らく翼の影響だろう。昔、事務所で話しているのを聞いた事があった。なんでも、ロマンチックな由来があるのだとか…。
そんな詳しい内容まで覚えていないが、前に飲んだ時は苦かった記憶がある。
「社長は?」
「……………雪国。」
一杯飲んだら帰るから、と一言付け足してバーテンダーにそれを頼む。
