屋上庭園と言っても室内のような物で、社員には冷房や暖房の効いた「庭園ルーム」と呼ばれている。ランチテーブルが並び、それを沢山の花壇や植物が囲む。屋上全体をドーム型のシートで覆い、夏場は冷却された空気を送り込んで室内を快適な空間へと作り替える。カップルで賑わうこの場所も今日ばかりは静まり返っている。
八代達は適当にベンチに座り、弁当をテーブルの上に広げた。
「あら、和食ねっ!」
流石に残飯と言えど、上手い具合に見た目は整えてある。八代がコンビニで良く買う幕の内弁当と鳥五目弁当の食べ残し。
彼女はそれを何の疑いも無しに「美味しい」と口に運んだ。八代は表面上普通にしているが、内心は爆笑の嵐。
「の、希美さん、学会の原稿は順調ですか?」
「ええ、明日残業すれば終わりそうよ。」
「今までしてきた努力の結晶ですもんね。………学会、成功を祈ってますよ?」
「………そうね、ありがとう。」
心にも無い事を言う。彼女は学会が開かれる日にはもうこの世にはいない。もちろんそれを知っている上での言葉だ。
「ねぇ裕也君、水曜日の夜は空いてるかしら?」
「え、水曜日…ですか?」
「飲みに行きましょ?今日明日は原稿まとめなきゃいけないし、明後日はちょっと人と約束してるの。」
「……約束…?」
「ふふっ、気になる?知り合いの銀行員と仕事の愚痴を言い合う約束してるの♪」
「銀行員」、そのワードが「黒野京介」を指している事は間違いない。火曜日の夜、黒野は立間希美と接触をする…。
「でね?結構相談とか乗ってもらってるんだけど、学会の原稿も見てもらうの。その人頭良いから文章の組み立て方が上手いのよ。会社のパソコンを持ち出すのは気が引けるんだけど…。」
「!?」
突如、彼女の口から投下された爆弾。
どうやら黒野は先手を打っていた。彼女には一ヶ月前から接触していた為、此方が依頼を受けるよりも前から原稿の進み具合を見越していたのだ。
当然と言えば当然。
その一ヶ月間で信頼関係を築き、自ら研究データを差し出すように仕向けていた…。ハッキングによってデータを盗まないのは確実に研究資料を奪い、その場ですぐに彼女を抹殺する為…。
