翌朝の九時過ぎ、あまり機嫌の良くない八代は白衣を着てCHN第一研究室に居た。
「裕也くん、裕也くん!」
立間希美にすっかり気に入られた八代は、朝から彼女にベタベタと付きまとわれている。
「おはようございます、希美さん。」
これも依頼。二回目だが、三億は三億なのだ。
八代の今日のミッションは、立間希美の目を盗んで彼女のパソコンから新薬に関するデータを保護する事。外部からハッキングされないようにプロテクトする。
黒野が単独なのか組織で動いているのかを見極める為の仕掛けだ。
今朝、浩子から届いていたメールに黒野京介の情報が添付されていた。利用されているとしても、良くもまああんな悪党の顔した男と交際なんて出来るもんだと思った。「銀行員」という嘘の肩書きに食らい付いただけか…。
「今日一日、資料室の掃除と実験用のラットのお世話お願いね?」
若干、パシりのような気もするが助っ人で入る事になっていたので仕方がない。しかも新人という扱いだ、縦社会では当然の事だろう。
「分かりました!」
愛想良く返事をすれば、彼女は満足そうに微笑んだ。
――糞豚野郎、覚えとけ。
第一研究室の職員は本日午後から会議がある。全員出席するのが義務で必然的に研究室は空になるのだ。その時間を利用する。八代は第三研究室の研究員という事になっているので、会議には出席しなくて良い。
皐月から渡されたメモに、プロテクトの仕方は書いてある。時間が来るまで、彼女に言われた仕事をして暇を潰すしかないだろう。
資料室は第一研究室と繋がっており、一枚の壁をドアで隔てた隣にある。資料室と言っても中は狭く、書類やファイルが山積みでホコリだらけの物置状態。何年も掃除していないのか、少し棚を叩いただけでブワッとホコリが舞う有り様だ。
「おいおい、マジでこんなとこ掃除すんのかよ…ふざけんなババァ。」
大声で叫びたい所だが、ここは我慢。
今回の依頼、一番損をしている人間は八代だと思う。その外見には似合わないボロ雑巾を片手にハタキを振る姿はどこか可哀想な感じがした。
「くっ、三億は三億だ……っ。」
容赦無いホコリの乱舞に、八代は盛大に咳き込んだ。
