「「kuro」は…、立間希美を殺す。」
「………っ。」
しかし、自宅のパソコンに新薬に関するデータが全てあるとは考えにくい。彼女の職場はCHM第一研究室なのだ。
そして、八代の話ではまだ発表原稿は仕上がっていない。「kuro」なら、職場のパソコンにハッキングすることは容易に出来るだろうが、何度も職場のパソコンにアクセスすることは足がつく可能性を考慮してしない筈。
ならば、「kuro」は近々ターゲットと何らかの形で接触をしてくる。最近の仕事はどうなんだと。彼女が「準備が整った」と言うような内容を話せば、奴は職場のパソコンにハッキングして全ての研究データを抜きとる。そしてその後、立間希美を殺害する。
「kuro」はその研究データが本当は加藤学の物だとは知らないだろう。なぜなら、普通自分の交際相手に他人の研究結果を盗んだ等とは言える筈がないからだ。
恐らく、学会の事で職場詰めになっている時なら、自宅のパソコンを触る暇も無いと踏んで探りを入れたのだろう。
「マズイな、邪魔が入った。依頼は依頼だし、立間はあたしが殺る。どうにかしないと…。」
「どうしますか?」
先決なのは、「kuro」の正体を暴く事。
その為には八代からの情報を待つしかない。現在の時刻は六時。八代はターゲットと一緒にいる筈だ。橘と連絡は取っていない。
「…皐月。」
「何ですか?」
「八代と無線繋げてこのことを報告して。それから、やること分かってるわね?」
「はい。第一研究室のパソコンにアクセスし、新薬に関するデータを外部操作からブロックできるようトラップを仕掛けます。」
「よろしく。あたしは一旦自宅に戻ってシャワー浴びてくるから。今日も徹夜になりそうだし。」
「分かりました。」
浩子は急いで廃ビルを出た。自宅との距離はそんなに無い。
彼女は焦っていた。依頼に邪魔が入る事などざらにあるが、今回は下手な真似をすればクライアントである学にも危険が及ぶからだ。
もし、新薬に関する研究結果が学の物だと「kuro」に悟られでもしたら、奴は立間希美の次に彼を殺すだろう。
それだけは避けたい。
そんな汚点は許されない。
彼女は落ち着く為にも、自宅への帰路を急いだ。
