株式会社「C8」




「……希美さん、このファイルはどちらへ片付ければ良いんですか?」



希美さん、そう呼んだ事に橘は驚いて八代を見た。思わず試験管を落としそうになる。

それはそうだろう、新人が研究長を名前で呼んだのだ。しかも顔を合わせたばかりの。



「…ああ、それはこっち。」



立間は自分の座っているデスクの後ろにある棚を指指した。

八代はファイルを片付ける為、ごく自然に彼女に近付く。さりげなく彼女の耳元に顔を寄せ、「帰り、時間ありますか?」と甘く囁いた。

腰に手を回すと彼女は一瞬驚いたが、少し間を開けてから、「ええ、六時には終わるから社員玄関で。」とだけ答えた。

相変わらず貪欲な女。うっとりとこちらを見つめる彼女には不快感以外の何も感じない。そして、腰に回された八代の手が自分の白衣に盗聴器を仕込んだことにも気付かない。



――豚女が…。



ファイルをしまい、再び机上の整頓に取り掛かる八代。そこに橘がコッソリと声を掛けて来た。



「桜井君、桜井君。」


「…何ですか?副室長。」



なるべく片付ける手は止めないように、彼の声に耳を傾ける。橘は不思議そうな顔をしていた。

立間の事を名前で呼んでいた事について聞かれたので、素直に「希美さんって呼んで」と、言われた事を伝える。別にこれは隠す事でも無い。

すると彼は苦笑いしながら続けた。



「彼女に近付くのはやめた方が良い。あの人は悪魔のような女だ。此所の社長を含め、他にも沢山男がいるみたいだから。」


「!………沢山…?」



――何だ?自宅にいる篠原が本命じゃなかったのか?他にも沢山…?



どうやら橘に話を聞く必要がありそうだ。もしかしたら、監視カメラの管理システムへ外部操作した奴がその中にいるかもしれない。



「彼女、平気で男を利用して金をむしりとる天才だから。」



しかし、仕事終わりは立間と約束を交わしてしまった。今は此方の話を聞きたいが、この場でという訳にはいかない。深夜はCHMの警備室に侵入してセキュリティシステムの把握をしなければならないのだ。



「…副室長、良かったら携帯の番号教えて貰えませんか?」


「ん?…ああ、別にいいよ。」



仕方がないが、空いた時間で探りを入れてみるしかない。

八代は橘と連絡先を交換した。