翌朝、開いたカーテンの間から夏の朝日が室内に照り付け、その眩しさに尊は目を覚ました。「お早う御座います」と女性の高い声がする。何やら良い匂いがするのは、朝食だろうか。
夏特有の気だるさにぼんやりとする視界。少し首が痛むのは寝違えた為かもしれない。
からからと音がしたので近くを見回すと、サービスワゴンがベッドの横にぴたりと止まった。
昨夜はホテルに滞在したのだったか。否、それにしては随分と豪華に装飾されたワゴンである。輝くシルバーにありとあらゆる宝石を散りばめたワゴンには、似つかわしくないけれど尊好みの献立が並んでいた。白米は勿論、浅蜊の味噌汁、旬の魚の煮付け、ほうれん草のお浸し、だし巻き玉子、緑茶。
ホテルに宿泊の際は食事のサービスに必ず和食を頼む。日頃から和食を好み、豪勢なものよりもオーソドックスな一般家庭の味を良しとしているのだ。
「これは…、ありがとうございます」
たちまち食欲を駆り立てられ、先に身なりを整えようとベッドから降りる。
「新しいスーツは此方にかけておきますのでお使い下さいませ。昨日着用されていたものは僭越ながら由姫様の指示にて只今洗濯しております。乾いたらすぐにお持ちしておきますので」
「ああ、わざわざすみません」
随分と対応の良いホテルだと感心し、洗面所がある浴室のドアへと手をかけた。
「………ん?」
ドアを開けようとしたところ、すぐ側の壁に札が丁寧に貼ってあるのに気付く。尊も良く見慣れているものだった。
――これは、陰陽道の術式……?
「きゃあっ!……か、神城様っ!……首っ!…首がっ!」
「……え?」
突然叫び声を上げた女性。青ざめた顔で尊の首元を指している。
一体何だと言うのか。慌ててドアを開け洗面所の鏡の前に立ち、指摘された首元を見てみると――
「…っ!?」
――そうだ、昨夜は由姫乙さんの家に…。此れは…久坂部さんの霊が……、彼女は今何処にっ?
寝違えた為と思っていた首の僅かな痛み。それは赤黒く残されていた手形が原因だった。首を絞められた跡がくっきりと残っている。深夜の出来事を思い出した尊はすぐに彼女の気配を探った。
――でも…あの札は五枚共破れてしまった筈では…?
鏡越しの自分に問いかける謎。返ってくる声はない。
