『…ッ…苦…シイ…痛イ……助ケ……助ケテ……ラ……イサ…マ…』
少しの間もがいていた彼女だったが、力を吸いとられて次第に弱り気配が消えてしまった。けれど、あくまで一時的な回避であり、完全に存在を抹消した訳ではない。非常に強い怨念やあの発言から、また出てくる可能性は高いだろう。
彼女の今後の出方を含め今回の依頼の件は浩子にどう説明するのかまた考えなければならなそうだ。他にも考えるべき疑問点はいくつもある。
「―――…」
やっとのことで金縛りから解放された尊だが、急激な呼吸困難によって既に意識は遠退いていた。最後に視界に入ったのは午前三時を指す時計の針。
そう言えば、彼女の気配が消える寸前に再びあの空間の歪みが頭上に見えたように思えたが、また確認する暇も無く分からず仕舞いに終わってしまった。
遠くで父からの連絡を知らせる携帯の着信音が聞こえて来たけれど、何を思うのでもなく、この時は酷く安堵して意思を手放した。
―――――――――――――――――
何かとてつもなく嫌な気配がした。
思わぬ来訪者が現た事により寝不足を心配したが、そんな事を気にする余裕も無い程に悪寒が走り飛び起きた。
いつもの柱時計の音はしない。三時前。
昔から変わらない主の生活リズムに合わせ着替えや寝覚めの紅茶等、自室で朝の支度をしてくれている執事の徳長(トクナガ)が驚いた様子で駆け寄って来る。
「由姫様!どうなされました?…悪い夢でも御覧になられましたか?気持ち良さそうにお休みになられていたので、起こさずにいたのですが…」
「……………」
気配の主は先程の来訪者に憑いて来た議員の娘。打って変わったような禍々しいそれに、距離はあるものの身体が震えた。
――何ですの?ただの低級霊だった筈が…こんな…危険な…
真っ先に来訪者の身を案じた彼女。けれど、その邪悪な気配はすぐに消えてしまった。
あの霊は一体何なのだろう。ただの地縛霊ではない。恐怖を感じた由姫乙は側に置いていた水晶をぎゅっと抱き込む。
――神城、貴方…何を連れて来たの?
ふわりと香った紅茶の香りに顔を上げると、徳長が心配そうに此方の様子を窺っていたのでなんとか作り笑顔で誤魔化した。
――私も仕事で忙しいし、構ってはいられないのだけど…神城…大丈夫かしら…
