株式会社「C8」







扉にはご丁寧に番号が書いてあった。番号があっても無くても八代には関係無いのだが。

五つの扉の向こうには二つのドアがある。手前の部屋は仮眠室。奥の部屋は会議室。完璧に覚えていた。

「①」と記されているドアの前で立ち止まる。もうじき昼休みに入るので、それを利用して立間希美に近付く。男にだらしがない彼女なら、色恋が苦手な八代でも親密になれる自信があった。

偽りの自分を作る為に少しだけ表情を緩ませ、ゆっくりと目の前のドアを開いた。



「…失礼しま-す………?」



ツンとした薬品の匂い。沢山の机が並び、その上に様々な器具が乱雑に放られている。顕微鏡、液体の入った試験管、ビーカーにフラスコ。見たことの無い機械。

少し新鮮に思いつつ、室内を見渡す。

驚いたことに人影が疎らだ。二、三人しかいないのだ。それに彼等は八代が研究室に入って来ても手元から目を反らさない。



「………あの-!」



少し大きめの声を張ると、一人の男性が近付いてきた。

目の下にある隈が酷い。睡眠時間も取れない程仕事に明け暮れているのが伺える。白髪混じりの男は八代の前まで来ると手を出してきた。



「やぁ、君が第三研究室から来るって言ってた助っ人だろ?話は聞いてるよ。人手不足だから助かる。今日から四日間よろしく!第一研究室副室長の橘(タチバナ)だ。」



――は…?



「えっ……あ、……よろしく、どうぞ…」



流れで手を握り握手を交わすが、八代には何が何だか分からない。誰かと勘違いしているみたいだが…。



『話は通してあるから心配無用。』


――あ、社長のメール…。このことか。


「君の名前は?」



考えていると、橘が名前を訪ねて来る。
社員証の偽名通りに口を開くと彼は満足したように頷いた。



「桜井君か、じゃあとりあえず研究長にも挨拶して来るといいよ。ここの室長も彼女だから。ほら、奥で研究用のラットに餌あげてる人がそうだよ。」



そう言いながら、橘は研究室の奥にいる人物を指差した。

そう、彼女がターゲット。

学から渡されたファイルの中に顔写真があったので顔は確認済みだ。黒い長髪を後ろに束ね、白衣の下に着ているシャツの胸元を大胆に開けた妖艶な美女。八代が最も嫌いなタイプだった。