そう、彼女がベッドに乗ったのだ。
ギシ…
ギシ…
シーツが擦れる音も含め、それは徐々に尊の顔の方へと上昇する。
彼女の生暖かい吐息が『フゥ…』と尊の耳にかかる頃には、その恐ろしい形相が目と鼻の先にあり血走った目と強制的に視線を交えていた。
『…神城ノ子…オ前サエ居ナケレバ…』
「…っ!」
『…オ前ガ死ネバ…アノ方モ報ワレル…』
――あの方…?
可憐な顔を想像することが出来ない程に憎しみに歪んでしまった表情。その彼女の華奢な手が尊の首元に添えられた。
『殺される』そう思った途端、パニックだった尊は彼女の目的が自分の命であることを理解し、今吐いた妙な言葉をきっかけに漸く事態の疑問を抱く。
人間は不思議と自分の死を理解すると冷静になるものだ。尊も同じく、脳が冷静に状況判断をし始めた。
かと言って、金縛りは解けはしない。目の前にいる夏芽の亡霊も恐ろしい。
ただ、一つだけ。
今の彼女の状態について、これが単なる自我の喪失では無いことは分かった。
「…貴女は、一体……っ」
『…アノ方ハ…ズット…ズット…苦シンデイル……悲シンデイル…』
自我の喪失に陥った場合、積もり積もった怨念を本能のままに振り撒き続ける。最早まともに人の言葉を話す事など出来はしない筈なのだ。
恐らく『神城の子』とは尊の事だろう。記憶も自我も失った霊がこうして特定の人物を狙って来る事も有り得ない。
『オ前ヲ殺セバ、アノ方ハ喜ンデ下サル』
「…ぐっ!……うぅ…っ」
添えられた手が首に絡み物凄い力で絞め付ける。彼女の口角がニタリと上がった。しかし何故だろう、どことなく悲しそうでもある。
初めから尊の命を狙って近付いたにしては随分と回りくどい。一体何がどうなっているのか。
息も絶え絶え尊は上にのし掛かる彼女をどうにかしようと経を唱えた。
「…っ…悪しき…者…の…呪縛より…我を守り…たま…え…古…の神よ…かしこみ…かしこ…み…申す――っ」
強い念を込めた経は主の意思に反応し、フッと尊の身体を柔らかな光で包み込む。
『!?…何ダ!』
唱えた経が口元から文字となって浮かび上がり、帯を描いて対象を縛り上げるとその苦痛にもがき彼女は床へ転がる。
