『何処にいる』『何をしている』『返事をしなければお前の雇い主に居場所を聞く』
帰りが遅いとまるで恋人のような文面が、鬱陶しい肉親から送られて来る日常も慣れてしまえば、いつの間にか軽くスルー出来る程になっているのだから尊自身驚きに苦笑いを浮かべる。
浩子に居場所を聞いたとして、久坂部宅に自分は居ない。
――精々無駄足を踏めば良い。
いい加減、自分を管理しようとするのもやめてもらいたいものだ。
夏芽も姿を消し、明かりの消えた室内は深夜の静寂に包まれていた。月明かりは分厚い雲に遮られ僅かな光も届かない。ベッドサイドに置かれた時計の秒針の音とエアコンの音がやけに煩く響く。
穏やかな寝息を立てる尊は深い眠りに着いており、このままじりじりと照る朝の日差しを待つのみかと思われた。
ボーン…ボーン…ボーン…
深夜二時、一階のエントランスホールに置かれた大きな柱時計が鳴り響く。その音は尊が寝ている二階の部屋まで届いていたけれど彼が起きる気配はない。由姫乙はこれを目覚ましに起床している頃だろうか。
「―――…」
広々としたワンルームのドアに背を向け、窓側を向いて寝ていた尊がごろりと寝返りを打つ。
シーツが擦れる音の他に、地の底から響くような低音が不気味に重なった。
『…………憎イ』
部屋の隅。ドアから向かって右側。クローゼットの陰に『彼女』は居た。
気配は夏芽のものだが様子がおかしい。
真っ黒に染まった怨念が彼女の回りを取り囲み、青白い顔が憎しみに歪んでいる。鋭く吊り上がった目が尊をとらえて離さない。
目が血走り、ただならぬ様子でベッドのある前方へ手を伸ばす。しかしそれは宙をかくだけで目的のものには届かない。
彼の腕には彼自身が念を込めた数珠がある。それが『彼女』の邪魔をしているのだ。
『…神城ノ子……憎イ……憎イ…』
青白い手が何かを潰すような仕草をすると、突然尊が苦しそうに呻き声を上げた。
「……う…っ!」
ハッと目を開いたが身体は動かない。感覚はあるのか、右の手首に焼けるような痛みを感じた。
ギュッと何かに掴まれているような…。
――何だ…数珠?
視線を移すと数珠が手首をきつく締め付けギギギ…、と音を立て今にも切れそうになっていた。
良からぬ気配に汗が吹き出る。
