株式会社「C8」





由姫乙の声色の変化には気付いたけれど、尊は彼女の意図までは測りかねる。以前から良く父親の話を出して来るとは思っていたが、彼女と朱冥は何か繋がりがあるのだろうか。

只、朱冥に報告しておいた方が良いのではないかと勧められたのでそれについてやんわりと拒否の姿勢を見せたところ、彼女は難しい顔をして部屋を出て行ってしまった。

去り際、



「私も自分の依頼がありますから貴方の依頼内容までは聞きませんけど、その地縛霊、何か嫌な予感がしますわ。身の危険を感じたら迷わず自宅に戻った方がよろしくてよ」



と、曖昧な忠告を残していたが結局先程の話の真意を聞く事は出来なかった。『いつも背中に張り付けているアレ』とは、一体何の事だったのだろう。

考えて分かるような事でもない。尊はそれ以上悩むを止め、ボストンバックの中から御札を何枚か取り出して部屋の四方に張り、最後にもう一枚をベッドの下へと張り付けた。

所謂、結界と言うものだ。霊を側に置く、と言う事は他の霊を呼び込み易い状態を作ってしまうと言う事。それを防ぐ為であるのと同時に、彼女に他の霊から一切の干渉を受けさせないようにする意図がある。

この部屋の中でのみ効果的であり、簡単な結界ではあるけれど、依頼の内容からして此処ではあまり力を入れる必要は無いと考え、明日に備えて力を温存するのだ。



「…久坂部さん、少しよろしいですか」



持参していた数珠や古書、着替えの確認などすべき事を済ませ、室内のソファーに腰掛けた尊は夏芽に声を掛けた。このまま身体を休める前に、全てを話さなくとも今後しなければならない事は彼女にも知っておいて貰わなければ。

ふわふわと浮いていた彼女は尊の側にやって来ると、今からすぐに供養されるものだと思い身構える。



「誠に申し訳ないのですが…今すぐ貴女を供養して差し上げることは出来ません」


「えっ?…どうしてですか?」



あまり不安を感じさせないよう出来るだけ穏やかに、そして諭すように、今伝えるべき事を伝えた。

夏芽がこの世に残っているのには必ず理由があり、失っている記憶を取り戻しそれを解明させる必要がある事。

「本当は自殺だった」と告げる事は記憶の混乱を招く恐れがある為、今は話さなかったが彼女が抱えているであろう未練を断ち切れるよう協力する事を約束し、なんとか納得を得た。