株式会社「C8」





事故と断定した警察の判断ミス。彼女が心配をかけまいと配慮した結果の、見せかけ。わざわざ他の意図で交通事故と見せかける必要は無い筈だ。

只の仮定にしても、最近の警察の働きぶりを疑ってしまう。もしかしたら報道されているほとんどが冤罪なのかもしれない。


――否、そんなことよりも…


困っている、とはおかしな話である。彼女は自らの意思でこの世に留まっているのだ。今の姿が良い証拠ではないのか。



「………!」



――そうか、記憶が無いと言うのは…


記憶が無くなるなどあり得ない話。これは記憶の喪失では無く、自我の喪失。彼女は既に自我を失いかけている為に記憶を無くしているのだ。

無意識の内に弱い霊を取り込み、今の姿を保っていると考えて間違いない。また、取り込んだ霊の力によって微弱ながらも精神のコントロールが出来ている。これにより、自我を取り戻そうと働きかけ、生前の記憶がフラッシュバックしているのではないだろうか。

彼女自身に力は無いのだから自覚も無い筈だ。今の所、彼女は地縛霊となってしまっているが放って置けば確実に悪霊となってしまうだろう。下手をすれば、彼女が強い霊に取り込まれてしまう危険もある。

失われている記憶を取り戻し、この世に残ろうとする残留思念を汲み取らない限り彼女の未練を断ち切る事は出来ない。けれど、霊を取り込む事で記憶を取り戻すのは彼女を完璧な悪霊に近付けてしまう。面倒だが記憶の一つ一つを拾い上げ、その都度負の感情を浄化していくしかない。


――自我を失っていたとしても、社長との交渉時は一体どうなっていたんでしょう。それに、彼女が感じる頭痛や、あの空間の歪みについては何も…。彼女に今の推測の全てを話すのも余計な混乱を招くでしょうし…。


すぐに片付く依頼ではないと分かったが、記憶を取り戻す為に彼女の存在していた場所を片っ端から訪れるのも時間が必要だ。尊の体力の消耗も激しいだろう。


時刻は八時を回ろうとしていた。

体勢を整える為には、自宅に戻るのが一番良いのだけれど…。


――あの人の事だ、きっと良い顔をしない。


朱冥の嫌味たらしい表情が脳裏に浮かぶ。それと同時に、もう一人、心強い人間の顔も浮かんだ。


――申し訳無いけれど仕方がない。この時間帯だと些か不安ですが、連絡してみましょうか…。