――いけませんね、社長に対して小言ばかり…。まるでうちの父のようじゃないですか。
「とりあえず、場所を移してから――…」
『………?』
テーブルの端に置かれた伝票を手に取る。コーヒーのブラック、180円。他の喫茶店と比べても店主の人柄に等しく、懐に優しい。
伝票から目線を上げ、夏芽に店を出ようと提案し、会計を済ませる為に立ち上がりかけた矢先、尊はハッと固まった。今まで平然と話を聞いていたが、彼女の出で立ちは明らかに変なのだ。
花柄のチュニックワンピースに、ショートパンツ。クリア素材を使用したヒールにショルダーバッグ。
腕や脚も滑らかな肌艶。可憐な顔立ちがやや幼くも見えるその姿。
··
彼女は最初から、綺麗だった。
――交通事故?…成仏出来なくて……困っている…?
矛盾、している。
『魂魄』
それは、中国の道教等から伝わる霊の概念。精神(魂)と肉体(魄)を表している言葉だが、人間が死ねば肉体だけを残し精神だけが幽体となって天に昇る。
生前、何かやり残したり、酷く憎む相手がいたり、家族や恋人、友人等に伝えたい事があったり、そう言った事にとりわけ強い未練を抱く者は、その残留思念によって精神が死姿のままこの世に縛り付けられてしまう。しかし、これは不慮の事故や病気、寿命で亡くなってしまった場合にのみ起こりうる話。
自殺の場合は少し違って来る。
自らの意思で死を選んだ者は悪霊となりやすく、怒りや悲しみによって次第に自我を失ってしまう。それを防ぐ為、彼等は他の霊を取り込み力を増幅させ精神をコントロールしようとする。そうする事で、自我を保ち、更には死姿の精神を死ぬ前の形に維持する事が出来るようにまで、霊である事に馴染む。
つまり、自殺者の場合は生前の意思と関係無く、浮かばれなかった思いが残留思念となり精神がこの世に留まる事を強く切望していると言う事。
縛られるのでは無い。自らの意思で留まり続けるのだ。
彼女、久坂部夏芽は―――
――自殺、だったんですね。
どうやら交通事故などと報道されていたのは偽りのようだ。
議員と言う肩書きは、彼女の父親にとって娘よりも大切にすべき物だったと理解する他無い。世間から騒がれない為に取った手段にしては軽蔑を覚える。
――もしくは、
