『えっと…憑依、って言うんですか?…父の身体を借りて電話でお話した後、直接貴社に伺う予定だったんです…でも――』
「……でも?」
眉をハの字にした彼女は、自分でも難しそうに首を捻り口を開く。
『先程も少し触れましたが…記憶が無いんです、貴社の責任者の方とお話した時の…記憶が…』
その時、尊は彼女の頭上に小さな『歪み』が生じるのを見た。まるで、彼女を監視するかのように現れ、じわりじわりと肥大し始めるそれ。
職業柄良く感じる霊的なものを思わせるそれでもない。一体、何か。尊が確かめようとそっと手を伸ばした直後。
『痛っ!』
「…!」
彼女が話の途中で突然、頭を抱えて背を丸めた。一瞬の出来事に通常の声量が出そうになるが、咄嗟に抑える。
空間の歪みは消えていた。見間違いだったのだろうか。
「大丈夫ですか?」
『はい…すみません。何か、時々あるんですよ、急に頭痛がして…生前の記憶が断片的にフラッシュバックするんです』
「……おかしいですね、亡くなった者が痛みを感じるなんて」
『え…、そういうものなんですか?』
「はい…。それに、さっきの…記憶が無いとは一体…」
『ああ、そうでした。話の途中でしたね』
いつの間にかテーブルの中央に置かれていたコーヒーは冷めてしまっている。店主が持って来た時は、温かそうな香り良い湯気がたっていたのだけれど。一番美味しい時に飲めなかったのは非常に残念だ。
冷めたコーヒーを喉に流し、一人考え事をしている風を装いながら夏芽の話を聞いた…のは良かったのだが…。
一生懸命に説明をしてくれたのは分かる。だが、彼女の話はややこしくあまりにも理解し難いもので、尊は思わず腕を組んで唸った。
話の信憑性は無いにしても、目の前の彼女が嘘を言っているようには思えず、それがまた、尊の疑念に影を落とすのだった。
『貴社の責任者とお話した時の記憶が無いんです…。死後の、つい先日なのに、その時の記憶だけが飛んでいるんです。この場所と時間だけは、頭にあったんですが』
『生前の記憶も、父と母の事以外全部無くて…。自分の事も少ししか覚えていません…死んだ時の事も曖昧で…』
