瀬藤翼。その名がハッキリと八代の耳に入った。彼にとっては聞き違える筈もない名だった。
その、悲鳴や怒声も遠退く程の鮮明感は、一瞬時が止まったような錯覚を起こす。
――黒野京介っ!
八代のすぐ側に、驚いた表情で彼を見据える黒野がいた。
「……あぁ、いや、すまない。死んだ友人に似ていたのでつい…。」
「っ!?」
目の前に黒野がいる。それだけではない。奴は確かに、八代を『瀬藤翼』と呼んだのだ。
彼を思わす姿形をしている自分をそう呼んだと言うことは、同姓同名の別人等ではない。八代は発作的に黒野の腕を掴む。押し寄せる人の波に拐われないよう、掴む手にこれでもかと力が入った。
――死んだ友人って……。
心臓が煩い。ドクドクと急速に早まる鼓動が何を意味しているのかは八代自身も気付いていた。
黒野は掴まれている腕をしげしげと眺めたかと思うと、口角を上げ、意味有り気に「そうか」と呟いた。
――Tの報告通り、背格好は翼に似ているが…。まさかコイツが翼の…。一応、かまをかけてみるか…。
「例のコインロッカーの中はもう確認したのか?」
「なっ!…何で、ロッカーのこと知って…。」
「…成る程な。お前が戸羽八代か。置き土産にしては随分探したが…まぁ良い。翼が死んでも俺に接触して来なかったと言うことは、ロッカーの中はまだ見てないんだな?」
「!?…おいテメェ!翼が死んだってどういう事だ!何でお前が翼の事知ってる!?」
「やはり何も知らないのか。…そんなことより、お前達が混乱を招いたせいで俺も迷惑している。ちょこまかと立間希美の回りを彷徨いていただろう。」
「…っ。」
「……これは俺の連絡先だ。翼の事が知りたいならロッカーの中身を確認しろ。話はそれからだ。…言っておくが、口外しない方が身の為だぞ。」
突如掴んでいた腕をねじ上げられ、空いた手に名刺を握らされる。
「痛!…あっ!待てコラ!黒野っ!」
そして、黒野の姿は人の波に紛れ、消えた。
八代は急いで会場から出て黒野を探すが、それらしき姿を確認する事は出来なかった。
放心状態なのか、興奮状態なのか、その狭間を行ったり来たりと繰り返し、ガーデンホテルから脱出して車を走らせている時も、八代は酷く動揺し、浩子達に無事を確認する事も忘れ、目的の場所へと一心不乱にバンドルを切った。
