まさか、この声がするとは夢にも思わなかった。驚きに、目を見開く。半信半疑のまま、声のした方を見てみれば、見慣れた顔。体操服。そして、白いハチマキ。
「翼、くん……?」
「おう、俺、翼くん。」
ケラケラと笑いながら、何の躊躇いもなく隣に座る。嬉しさと、戸惑いと、表情には出さないようにとの焦りで、頭が混乱した。
「お、おい。なんか目がとろーんってなってっぞ。」
その言葉に、落ち着けと心の中で呟く。そしてそのまま、明るい笑顔になった。
「あ、あ、暑いからかな。」
「暑いよな。あ、ほら、これ。」
手渡されたのは、さっき瑠璃の涙を拭いたハンカチ。
「俺も、礼言おうとしたら、瑠璃が持ってけって。ありがとうって。」
差し出されたハンカチは、なんら変わってなかったはずなのに、静華には輝いて見えた。
「あ、ありがとう……。」
そのままハンカチを、ポケットの中へしまう。
「あのさぁ、静華ちゃん。」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれ、変な高い声になってしまった。ヤバイかもと、頬を汗が流れる。
それでも、彼の方を向けば、彼もこちらを向いてくれていた。そして、同じように手を握られる。
「ほんっと、ありがとう。俺、瑠璃のこと好きなのに届かなくてさ。」
入場してたのならば仕方ない、と心の中でしか言えない。
「そしたら、静華ちゃんが見えたじゃん。かっこ良かったね、本当。いっつも優しいって瑠璃からは聞いてたけど、本当に凄いんだからさ。」
そこまでを一気に言われ、顔全体が熱くなるのを感じた。手汗が出てないか気になるが、嬉しさのあまり、振りほどくことが出来ない。
「もうさ、俺よりかっこいいんだから、瑠璃のこと好きならもらっていいよ。」
冗談混じりで言ったものの、今の彼女にそれが伝わるはずがない。
「ダメです!瑠璃ちゃんには、翼くんしか……。」
思わず、必死に言ってしまい、手にも力が入ってしまった。
「ご、ごめ……。」
呆気にとられた翼を見て、急いで手を離そうとするも、表情が明るくなった翼はそれを許さない。
「やっぱ、本当凄い。その姿勢、見習いたい。つか、見習うわ。」
真面目な表情で見つめられ、静華はやはり戸惑う。
「見習うって言っても、私のは普通ですよ。」
しかし、言葉ははっきりしていた。
「ただ、大切な人を思いやればいいんですから。」
その言葉に、そうだなと笑った。しかしすぐに表情を変えて問ってくる。
「やっぱ瑠」
「違いますから!私はそんな趣味ありません!」
そうかと、やや押され気味になってそう答えた。