その言葉に、瑞香は目をこする間もなく、雫が引っ込んでいくのを感じた。
「な、なんとなーく?」
「ンなこと、どうでもいいだろ!?早く保健室運ぼうぜ!?」
そう言って、静華を持ち上げようとした手を止めた。
「大丈夫。」
「大丈夫じゃあ、ありませんわ!」
いきなり前に現れたかと思えば、静華は手をガッチリと掴まれた。
「大丈夫ですか!?お怪我は!?」
「る、りちゃ。」
大丈夫だよ、と言おうとしたが、言う前にぎゅっと抱きつかれた。そんな彼女は、温かい。
「私のせいでこんな……何と言えば言いのか分かりませんわ。」
ズビズビと鼻を啜る音が、耳元で聞こえる。
「倒れてくるときに、早く気付いて逃げれば良かったのですけれど、すみません。本当に申し訳なく、同時に……本当に、ありがとうございます。」
その言葉を聞きながらやっぱり敵わないなと、静華は思った。こんな時に、こんなことを考える自分はどうかしているのだろうと、苦笑いを溢す。
この子は、誰かのために泣くことが出来る。謝ることもでき、感謝のことを言うことも出来る。
果たして、自分はどうだろうか。瑠璃と自分の立場が入れ替わったとき、自分は、瑠璃と同じようなことが出来るのだろうか。考えると、ゾクッとして嫌で嫌でたまらなくなった。

そんなこと考えるのはやめて、思考を現実に戻す。
「大丈夫だよ。大丈夫だから、泣かないでよ瑠璃ちゃん。はい。」
言いつつ、ハンカチを取り出す。それで、ゆっくりと、ガラスでも扱うかの如く丁寧に、彼女の涙を拭いた。
拭かれてから、瑠璃は問う。
「本当にですか?」
彼女の丸く黒い目が、静華の目をじっと見つめる。
「っ、大丈夫。安心して。」
「良かったですわ……。」
静華を抱き締める力が、より一層強くなった。痛いと思いつつも、恐る恐る瑠璃の腰へ同じように手を回した。
しかしすぐに、いけないことをしている様だったので、手を離した。
「とりあえず、立とっか。」
その言葉に、まだ鼻を啜りながら瑠璃は手を離した。
立ちながら、服についた埃を払う。静華の足には、うっすらと赤い線が走っていた。
「おまっ、足!」
「大丈夫。だから、リレーやって、欲しいな。」
この状況で、リレーをやるのかと、誰もが思った。しかし、テントならば出してくればいいじゃないと、誰かが言う声も聞こえる。
「あー、じゃあ私は、手を洗いに行ってきます。選抜リレー、頑張って。」
「ちょっ……。」
逃げるように去っていく彼女の希望通り、とりあえずリレーはすることなった。
「すげぇやる気。」
どこからともなく、そんな声が飛び交ったという。