静華は叫んだ。叫ぶと同時に、体が動いた。周りに散りばめられた椅子を払い除ける。普段は、本を持って貰わないと困るくらいに非力なのに。選抜に選ばれないくらいに鈍足なのに。火事場の馬鹿力と言うのだろうか。倒れてくる影のところにいる瑠璃を、ドンッと横に突き飛ばす。
誰もが、静華の叫びと行動に、目を取られていた。その動きのすべてが、スローモーションとして目に映る。
「しずしず!」
「静華!」
凪沙と瑞香が叫んだ。呼ばれた静華は、瑠璃が無事だったことを確認すると、そのまま安心し、力をなくしたようにフラリと倒れ始めた。額には、ダラリと汗が流れる。

このままでは危ないと、誰もが思ったとき。
「えっ!?」
そんな声が聞こえたと思えば、大きな音がなり、テントが、宙にあった。飛ばされたのだ、1人が思わず蹴ってしまった勢いで。
ゆっくりと落ちていくテントを、誰もが見つめていた。
大きな音がなり、テントが地についた。テントの骨組みは折れ、無惨な姿となっている。それでも、負傷者は出なかった。
「あっぶなっ!危ないよ、こんなのー。っていうか、なにこれ。どういう状況?思わずぶっ飛ばしちゃったけど、正当防衛になるよね?ならない?まーじーかー!」
テントの次に皆の視線を集めたのは、そのテントに蹴りを放った張本人。独り言を呟き続ける、財前葵(ざいぜんあおい)。
「ちょっと、あんまり見られても困るからやめよう!ほら、体育祭を続けよう!」
そう言われたが、誰1人として目をそらさなかった。何が起きているのかは、本当のところ、誰もが分からなかったであろう。見開かれた目の数が、それを物語っている。
そんな中でも、誰かが手をぱちりと鳴らした。その音は、段々と数を増し、最後にはその場にいた全員がその音を鳴らしていた。言われなくとも、それは拍手だ。
拍手されている葵自身は、更に何事かが分かっておらず、拍手されても駄目だった!?などと、変な表情になっているが。

「大丈夫か!?」
「静華ちゃん!」
ちょっとだけ拍手をしたならば、もういいだろうと放棄し、急いで彼女へ駆け寄る。
「あー……葵さんまじスゴイ。」
そう呟いた。静華は、倒れてはいたが、そんなことを呟ける意識はあった。
「あぁ、葵はマジすげぇよやべぇよ。」
「でも、静華ちゃんも凄いよ!ってか、ごめん。私のせいだ……。」
そういいながら、うつ向く瑞香の目は雫が浮かんでいる。
「それはいいけど、何で呼び捨てにしたのかなぁ?」