巡り愛


僕が名前を呟いたことで、あいは不思議そうに僕を見上げていた。
こんな時間にこんなところに知り合いがいるなんて状況があり得ないことで、その不自然さに周りの空気が冷たくなる気がした。


「圭さん?」


あいは僕を見上げて、少し不安そうに僕の名前を呼んだ。
僕はこんな風にあいを不安にしたくないから、北野に近づいてほしくなかったんだ。
なのに、どうして・・・・・。


「どうしてここにいるの?」


僕の発した声は、かなり強張っていて冷たく響いた。


その声にあいがびっくりしているのが伝わる。
北野もびくりと肩を震わせて、でも一歩踏み出して僕らの方へ近づいた。


「圭・・・ごめん。でもどうしても・・・私、あなたを諦められないの」


そんな意味深な言葉を北野は泣きそうな声で言う。
それはあいに目の前にいる見知らぬ女が、僕と関係があると思わせてしまうもので。
案の定、あいは北野の言葉に目を見開いて、不安そうに眉を寄せた。


僕はあいにそんな顔をさせてしまう北野に苛立ちを覚えた。


どうして、そんなことを今、あいのいる前で言うんだ。


「それはこの前、ちゃんと話したよね?」


僕はあいには聞かせたことがないような冷たい言い方で、北野に答えた。
あいはそんな僕にも驚いて、小さく息を呑んだ。


「でも!・・・圭のことが忘れられないのっ。圭の隣にいて、圭に触れてもらえてたあの頃のことがどうしても忘れられないの!!」


「―――――っ!」


叫ぶように言った北野の言葉に、あいがビクンと大きく肩を揺らす。


僕はそんなあいの反応に慌てて振り返って、あいに手を伸ばす。


でも、あいは伸ばした僕の手を拒否するように、一歩、後ずさると、そのまま踵を返して走って行ってしまう。


大きな瞳は悲しみに揺れて、涙が今にも零れそうなそのあいの表情に、僕の心は何かで突かれたみたいに痛みが走った。


「あいっ!」


僕は走り去るあいをすぐに追いかけようと走り出した。
そんな僕の体にぶつかるように抱き着いてきた北野に身動きを止められる。


「北野っ、離せ!」


僕は北野の手を振り払って、あいを追いかけようとするのに、北野はもう一度、驚くほどの力で僕を引き留めた。