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『“あの頃”も幸せだった・・・』


あいが零した言葉が、どうしようもなく切なかった。
確かに記憶の中の僕達は幸せだったけれど・・・それは『終わり』を告げている。
あいはまだその辺のことは思い出していないみたいだけど、僕は最初から全部記憶の中にある。


幸せだった二人が、『終わり』を告げなきゃいけなかった事実。


それをはっきり覚えている僕はあいのその言葉が無性に切なかった。


だから、急ぎ過ぎないように・・・と自制していた気持ちが止まらなくなって。
『愛してる』なんて口にして、唇を重ねていた。


でも、それにぎこちなくでも懸命に応えてくれようとするあいがやっぱり堪らなく愛しくて。
僕は想いを注ぎ込むように、ぎゅっと力任せに彼女を抱き締めた。



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あいにキスして、気持ちは更にどんどん溢れる一方だけど。
僕達は相変わらず、ゆっくりと関係を進めている。


焦る必要はない。


だって、僕たちの時間は始まったばかりなんだから。



あれから、月に2、3度あるあいの遅番の日は、僕が当直じゃない限り迎えに行くようになった。
あんな遅い時間にあいを一人で帰らせるなんて、気が気じゃない。
当直じゃない日は・・・と言っても、事前にあいの予定を聞いて、その日は当直に入らなくてもいいように根回しした。
だから、あいの遅番の日には毎回、迎えに行って一緒に帰っていた。


『過保護だな』と、矢野には呆れられた。


今まで僕が当直の日程を調整するなんてことはなかったから、怪しまれたらしい。
あいのことを知っている矢野には隠す必要もないから、理由を話すと、すごく驚かれたけど。
すぐにまたニヤリと意味ありげに笑われて、『過保護』発言をされた。


過保護すぎるわけじゃないと思うけど。
遅い時間に自分の彼女を一人で帰したくないって思うのは、みんなそうじゃないのかな?


そう言った僕に、矢野はわざとらしく溜息を吐いた。


「普通はそうでも今までのお前はそんなタイプじゃなかっただろ?」


うんざりしたような口調なのに、僕を見る矢野の目は可笑しそうに笑っていた。