「・・・・・矢野。あいに手を出すなんていい度胸だな」
真っ赤になってすぐ間近にある矢野先生の顔を見ていた私の耳に、いつになく機嫌の悪そうな圭さんの低い声が聞こえた。
私の耳元に近づけた顔をわざとゆっくりと持ち上げて、矢野先生が意味深に口角を上げた。
「手なんて出してないって。ただあいちゃんに大事なこと教えてだけ」
「は?」
「あんまり可愛すぎると桐生が嫉妬で狂うって話」
「はあ?」
圭さんの顔がますます不機嫌そうに歪むのを見て、矢野先生は可笑しそうに笑い出した。
そんな2人とあたふたとして見てるだけの私。
内心、ドキドキして仕方ない。
「・・・診察はどうだった?」
「ん、特に問題なし」
「そう。じゃあ、もういいよね。あい、行くよ」
不機嫌な顔のままそう言って矢野先生の隣りから私を引き剥がすように手を引かれて、私は早足で歩きだした圭さんに慌ててついていく。
「矢野先生、ありがとうございました」
「ああ、またね。あいちゃん」
圭さんに引き摺られるように歩きながら、矢野先生を振り返って声を掛ける私に矢野先生は笑顔で手を振ってくれた。
「矢野に挨拶とかしなくていいから」
歩調を緩めずに私の手を引く圭さんが、ものすごく不機嫌な声でそう言った。
受付の前を通り過ぎる時にさっき圭さんと話をしていた看護師さんと目が合って、私は小さく会釈だけして、あっという間にその場から連れ去られた。
「あんな桐生先生初めて見ました。あの患者さんが・・・」
「そ、あの子が桐生の特別な子。ああ、でも。ちょっとやりすぎたかな・・・後が怖そうだ」
そんな矢野先生と看護師さんの会話はもちろん、私達の知らないこと。

