なのに。



「あい・・・・・」



―――…えっ?



一歩踏み出した私の腕をぎゅっと握って引き留めながら、彼が小さく呟いた名前に私は驚いて歩みを止めた。



(どうして、私の名前を知っているの?)



私を引き留めるその人を見上げながら、私は驚きに瞬きを繰り返した。


「あい・・・さん、だよね?」



私の腕を掴んだまま、吸い込まれそうなほど綺麗な瞳を真剣な色に染めて。
目の前の彼がさっきよりもずっとはっきりと私の名前を口にした。



私は驚きも隠せずに、小さく頷くだけで精いっぱいだった。



そんな私を彼は真剣な表情のまま見つめて、ゆっくりと言葉を紡いだ。



「・・・えっと、今少し時間はあるかな?」


「え?」



私は彼の言葉の意味がすぐに理解できなくて、首を傾げるようにして彼を見つめ返した。
彼は真剣な表情を崩さずに、ゆっくりと言葉を重ねた。



「もしよかったら・・・少しキミと話がしたいんだけど」



傍から聞いていればただのナンパな誘い文句だけど。
私はなぜかその言葉にそんな軽い雰囲気は感じられなかった。
彼の表情からも言葉を紡ぐ声からも、彼の真剣さがひしひしと伝わってきて。
私の心をザワザワと乱れさせていた。



「あの・・・以前どこかでお会いしましたか?」



初めて逢ったはずなのに、なんだか彼は私を知っているのかもしれない・・・
そんな気がして、私は彼を見つめながら訊ねた。



「うん、ずいぶん前にね」



ずいぶん前…―――


私の質問に大きく頷いた彼の言葉に、ざわめいていた心がまた一際大きく乱れた。


自分でもよくわからないその心のざわめきと彼の言葉の真意を計りかねていた私に、彼が少し肩を落としたように見えて、私の心は小さな痛みを感じた。



でもすぐに思い直したように顔を上げた彼は、もう一度はっきりとさっきと同じ言葉を繰り返した。



「僕に時間をくれる?」


「・・・・・はい」



私は無意識に小さく頷いていた。