魔法のキス


朝食の片付けは私がした。
キッチンに給湯器はなかった。


瞬間湯沸かし器というものからお湯が出るのだ。
初めてみた。


カチカチカチボッとつく音にビビッた。
いったいこのアパートは、いつ建ったものなのだろう。


もしかして私も、マンションを出たらこんなアパートに住まなくてはいけないの?


自分がどれだけ恵まれていたかわかる。


8時過ぎにアパートを2人で一緒に出た。


「店長、ショップまでは3回乗り換えて行くことになるんですが、店長はタクシーにしますか?」


やっぱり3回乗り換えて行くのか。


「いえ、私も坂口さんと一緒に行くわ。ショップをやめたら普通に電車や地下鉄を使うわけだし」


そう、もうタクシーなんか使えなくなる。
節約しないと。


坂口さんと離れないように必死について行き、やっと表参道駅に着いた。


通勤だけで、一日中働いたくらい疲れてしまった感じがした。


「坂口さん、こんな大変なことを毎日のようにやってるのね。すごいわ」


「慣れればなんともないですよ。KissMagiaは開店が10時ですから、そんなに早く起きなくてもいいですし。以前はもっと大変なところで働いてたんですよ。KissMagiaで働けてほんとに助かってます」


いったいどんな仕事だったのだろう。
いろいろ聞いてみたい気もするが、もう坂口さんのアパートに行くことはないだろう。




ショップに着いたので、裏口から入りお店を開けた。


「じゃ、私は母と話してくるからそれまでよろしくね」


「わかりました」