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–side 匡–



その日は朝から雨が降っていた。


水泳部の朝練を終えた俺は昇降口でピタリと足を止めた。
目の前の光景に目を奪われて。


そう・・・“目を奪われた”という表現が一番適格だった。


軽く雨に濡れた黒髪。
激しい降りだったから傘の隙間から濡れたのかもしれない。
その黒髪の隙間から覗く白い肌。


そして。


ハッとするほどの綺麗な顔に俺の目は完全に奪われていた。


俺と同じ場所に下駄箱があるってことは同じクラス?
でもこんな美人、うちのクラスにいたか?
・・・いや、いないだろう。
いたら絶対に知ってるはずだ。


俺はしばらくその女の横顔に見惚れて動けなかった。


目の前の美人は俺の存在に気づいていないのか、胸元に視線を落としている。
何をやっているのかじっと見ていた俺は、彼女の手元を見てそれがメガネを拭いていたんだと気付いた。


そしてすっと音もなくその赤い縁のメガネをかけたその女を見て、俺は更に驚いた。


宮野祥子・・・・・まさか、こいつが?


俺は自分の目を疑ったけど、目の前の女は確かに宮野だった。


同じクラスの冴えない女。
放送委員でその声だけはすごくイイと、“放送室のマドンナ”というふざけた呼び名のある女。
声とは対照的なその見かけで“残念”な容姿だと評価されてる女。


その宮野の素顔は“残念”どころか、息を呑むほどの美人だった。


その驚愕の事実に俺は唖然とした。


でもこの時、俺は完全に宮野に奪われたんだ。




目だけじゃなく、心ごと全部。