ボレロ - 第三楽章 -



ここで曖昧な態度を取ってしまったら、また彼女の機嫌が悪くなるだけだ。

それだけではすまないだろう、ことによっては、取り返しのつかない事態に

発展しかねない。

どうする……いや、考えるだけ無駄だ、答えは決まっているのだから。

胸いっぱいに息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。

珠貴……と呼びかけ、じっと私を見つめる目を見返した。

彼女の手を取り、しっかりと握り締めた。



「将来を一緒に歩くのは珠貴しかいない。

これからも、ずっとそばにいて欲しい」



見つめていた目が柔らかくなり、ゆっくり視線がはずされた。



「ありがとう……こうして言ってもらえるのって、やっぱり嬉しいわ」


「それで、返事は?」


「あっ、そうね……はい、私のそばにいてください」



互いの真剣な顔は数秒と持たず、とうとう笑い出してしまった。

こんなシリアスな状況は、いまの私たちには不似合いだった。

ごめんね、無理に言わせちゃったわねと、珠貴も苦笑いしている。

握った手を引き寄せ珠貴を抱きしめた。



「これで柘植さんに聞かれても、ウソを言わなくてすむよ。

あの人のことだ ”プロポーズは上手くいきましたか?” と

聞いてくるだろうからね」


「お会いするのが楽しみだわ」



胸に顔を預けていた珠貴だったが、何かを思い出したような顔になり、体を離

しながら私の名を呼んだ。



「どうした」


「母のこと、気になってるでしょう」


「うん、そうなんだ。あの時は、これで大丈夫だと思えたが、

時間がたつにつれて自信がなくなってくる。

あまりにも不躾だったのではないかと思えてね……」


「そんなことないわ。宗のことを認めたいけれど、

母には母の描いた理想があるの。 

折り合いをつけたいけれど、いまはまだできないみたい」


「もう一度お会いしたいが、どうだろう」


「母もそう言ってたわ」


「そうか、希望はあるようだな。良かった」



拒絶されたのではないとわかり、気持ちが軽くなった。

絶対に反対ですと断られる夢を見た、寝汗をかくほどうなされたよと、冗談交

じりに言ったつもりだったが、珠貴はすまなそうな顔をした。



「夢でうなされるなんて、私が思った以上に気になっていたのね。

母のこと、早く言ってあげればよかったわね。

ごめんなさい、私が意地を張ったばかりにあなたにそんな心配をさせて……」


「俺の方こそ……」
 

 
許しを請うための接吻は、ほろ苦く息苦しさを含んでいたが、ふたたび重ねた

唇は、もう甘いものになっていた。

仲直りの証に肌を寄せ、明け方まで濃密なときを過ごした。



甘く気だるさの残る部屋に電話の音が響いたのは、翌日の早朝のこと。

非常識な時間帯の電話は、良い知らせでないことが多い。

急を知らせるだろう音が聞こえながら、心地よい気だるさに包まれていた私は、

珠貴の肌から手をはずそうか、やめようか、不謹慎な迷いの中にいた。