ここで曖昧な態度を取ってしまったら、また彼女の機嫌が悪くなるだけだ。
それだけではすまないだろう、ことによっては、取り返しのつかない事態に
発展しかねない。
どうする……いや、考えるだけ無駄だ、答えは決まっているのだから。
胸いっぱいに息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。
珠貴……と呼びかけ、じっと私を見つめる目を見返した。
彼女の手を取り、しっかりと握り締めた。
「将来を一緒に歩くのは珠貴しかいない。
これからも、ずっとそばにいて欲しい」
見つめていた目が柔らかくなり、ゆっくり視線がはずされた。
「ありがとう……こうして言ってもらえるのって、やっぱり嬉しいわ」
「それで、返事は?」
「あっ、そうね……はい、私のそばにいてください」
互いの真剣な顔は数秒と持たず、とうとう笑い出してしまった。
こんなシリアスな状況は、いまの私たちには不似合いだった。
ごめんね、無理に言わせちゃったわねと、珠貴も苦笑いしている。
握った手を引き寄せ珠貴を抱きしめた。
「これで柘植さんに聞かれても、ウソを言わなくてすむよ。
あの人のことだ ”プロポーズは上手くいきましたか?” と
聞いてくるだろうからね」
「お会いするのが楽しみだわ」
胸に顔を預けていた珠貴だったが、何かを思い出したような顔になり、体を離
しながら私の名を呼んだ。
「どうした」
「母のこと、気になってるでしょう」
「うん、そうなんだ。あの時は、これで大丈夫だと思えたが、
時間がたつにつれて自信がなくなってくる。
あまりにも不躾だったのではないかと思えてね……」
「そんなことないわ。宗のことを認めたいけれど、
母には母の描いた理想があるの。
折り合いをつけたいけれど、いまはまだできないみたい」
「もう一度お会いしたいが、どうだろう」
「母もそう言ってたわ」
「そうか、希望はあるようだな。良かった」
拒絶されたのではないとわかり、気持ちが軽くなった。
絶対に反対ですと断られる夢を見た、寝汗をかくほどうなされたよと、冗談交
じりに言ったつもりだったが、珠貴はすまなそうな顔をした。
「夢でうなされるなんて、私が思った以上に気になっていたのね。
母のこと、早く言ってあげればよかったわね。
ごめんなさい、私が意地を張ったばかりにあなたにそんな心配をさせて……」
「俺の方こそ……」
許しを請うための接吻は、ほろ苦く息苦しさを含んでいたが、ふたたび重ねた
唇は、もう甘いものになっていた。
仲直りの証に肌を寄せ、明け方まで濃密なときを過ごした。
甘く気だるさの残る部屋に電話の音が響いたのは、翌日の早朝のこと。
非常識な時間帯の電話は、良い知らせでないことが多い。
急を知らせるだろう音が聞こえながら、心地よい気だるさに包まれていた私は、
珠貴の肌から手をはずそうか、やめようか、不謹慎な迷いの中にいた。



