ボレロ - 第三楽章 -



アジアの港をめぐるクルーズも終盤に入ってきた。

旅慣れたころ終わりが見えてきたわねと珠貴は残念そうで、私も同じ気持ちだった。

今回立ち寄った国々はいずれも出張で訪れたことがあったものの、いつのときも仕事最優先の日程で、あわただしい飛行機の往復だった。

まれに最終日に時間があき、申し訳程度に駆け足で観光地をめぐった。

それでも、景色をぼんやり覚えている程度で、ほとんど記憶にないのだから行ったといえるものではない。

出張先の現地の地理や歴史など、自分が困らず相手に失礼のない程度の知識は持ち合わせていたが、時間的にも気持ちの上でも仕事以外へ目を向ける余裕はなかった。


船旅はすべてにおいて余裕があった。

遺跡を目にしては古の人々の思いを感じ取り、その場に立つ自分の意味に思いをはせた。

寄港地の街では市場へ足を運んだ。

市場では、そこに住む人々のありのままの姿に出会うことができる。

感じたことを珠貴と話しながら、意見を言い合うのも楽しかった。

プライベートな旅であるのに、目に付いた一品からビジネスに結び付ける方法を模索したり、現地に入って見聞きした時事事情などは、公に伝え聞く情報とは異なるのだと熱心に語り合ったりと、完全に仕事から離れられないのも私たちらしいといえよう。



寄港地ではそれぞれに思い出ができた。 

香港では、関連会社支社長の熱烈な招きを断ることができず、予定が大幅に狂ったが思わぬ良いこともあった。



「ぜひ、お二人でクリスマスにお越しください」 



支社長である夫の顔を気にしながら、そっと告げられた支社長夫人の提案に、珠貴は目を輝かせた。

こちらのクリスマスシーズンは、それは華やかです、おしのびでどうぞ……と夫人の内密の誘いに、すでにその気になっている妻の懇願する目に応じながら、



「ぜひうかがいます」 



と理解ある夫であるというように即答した。

珠貴の目が一層輝き、私に抱きつかんばかりに興奮している。

年末の休暇は香港で過ごすことになりそうだ。

 

櫻井君から 「予定通りです」 と連絡が入ったのは、香港を出航した朝だった。

次は長崎、その次は母港へと戻る日程で、平岡と蒔絵さんの結婚式はその間に予定しており、ふたりの結婚式に彼らの家族を招くために、櫻井君と浜尾君を中心に友人たちが動いてくれていた。

「蒔絵さんの結婚式を、お母様は楽しみにしていたでしょうね」 と珠貴が漏らしたひとことに気持ちが動いた。

香港で下船する客がいるため、クルーズ終盤の客室には空きがある。

それなら家族を結婚式に呼べるのではないか……

だが実現させるのは時間的に無理があるだろうと思いながら友人たちに相談すると 「なんとかしよう。任せて欲しい」 と頼りがいのある返事があった。

母親に反対されながらも結婚を決めた平岡と蒔絵さんを、励ましたいと思う友人たちの気持ちが素晴らしい行動力となった。

友人たちのおかげで、平岡の祖父母と蒔絵さんの母親と弟の出席が決まり、浜尾君が両家の家族を連れて長崎へ向かうことになっている。



『最後の最後まで世話になったね。ありがとう』
 

『平岡君と蒔絵さんのために力になれて良かったです。

もっとも、僕らと宗一郎さんの契約は新婚旅行の最終日までですから、これも仕事のうちですね』



ふたりが私設秘書として働いてくれるのは、新婚旅行までとなっていた。

もう彼らを頼ることもなくなるのかと思うと、抹の寂しさがあった。