宗と平岡さんが仕事に入るタイミングで、私と蒔絵さんも仕事に向き合うことにしている。
彼らの仕事の場は主に部屋の中、一方私たちは簡単なミーティングは部屋で行うが、そのほかは自然の風を求めてスカイデッキに行くことにした。
蒔絵さんは必ずスケッチブックを持参して、船上の風景や海の一瞬をスケッチする。
スケッチがモチーフとなり、新しいデザインへつながっていくそうだ。
昨日、蒔絵さんとデッキのカフェで打ち合わせ中、私が手にしていたデザインブックが気になったと、小山様から
声がかけられた。
「ジュエリーのデザインですか?」 拝見してもいいかしらと言われ 「ブローチのモチーフです」 とお話したことからお近づきになり、今日のお茶会のお誘いをいただいた。
どこでもそうだが、長い時間をすごす場所において、女性は親しいお仲間で集まる傾向にある。
『初音』 でも何かと目を引く華やかな方々がおり、その筆頭が小山様とお友達のみなさまだった。
昼下がりのお茶会にて、テーブルの中央に座り、みなさんの視線を集めているのが小山様の奥様で、ご主人は某社の会長とのこと。
「私、来年古希なのよ。歳はとりたくないわね」 とおっしゃるが、年齢よりもずっとお若く見え、はつらつとしていらっしゃる。
親しい方々から 「千影さま」 と呼ばれ、 「千影さま」 と呼びかけるのが小山様と親しいことを示すものらしく、
常にお名前を連呼するお仲間に囲まれている。
小山様がお招きした方……ということで、私も蒔絵さんもみなさまに親しく接していただいたものの、すべては小山様に関するお話ばかりで、退屈で何かと気の張るお茶会だった。
「私たち、もうお友達よ。気軽にお声をかけてくださいね」 と言われ 「はい」 と返事をしたものの、私の顔には作った笑みが張り付いていたに違いない。
二時間もの 「お茶会」 からようやく開放され、足早にその場を離れ、蒔絵さんと隠れるようにひっそりとため息をついた。
言いようのない疲れに襲われ、近くの椅子に腰を下ろそうとして背後から拍手が聞こえ、おろしかけた腰を思わず戻した。
「あら、びっくりさせちゃったわね。どうぞお座りになって、お疲れになったでしょう」
「土屋様」
「そんな堅苦しい呼び方は好きじゃないの。奈緒子でいいのよ。
私もお名前で呼ばせていただくわね、珠貴さん。
あなたは平岡君の奥様の……蒔絵さん! うーん 我ながらいい記憶力だわ。
千影さまのお茶会、おつかれさま。お二人ともよくがんばったわ、すごい、すごい」
奈緒子さんは拍手で私たちを称え、よくぞあのおぞましいお茶会に耐えたわねと、辛らつな言葉を口にした。
離れたテーブルから私たちの様子を窺っていたそうだ。
「小山様は 『初音』 の常連ですもの、ここでは女王さまよ。
女王さまのお茶会に誘われた人は、みな光栄に感じると思っているのよ。勘違いもいいところだわ。
お茶会にお招きした方と親しくお付き合いをして、陸に戻ってもその関係を保ちたいの」
「クルーズのあとも、みなさんお集まりになるんですか?」
「えぇ、いわゆるOB会みたいなものよ。船上で何日も一緒に過ごすんですもの、妙な連帯感が生まれるの。
珠貴さん、気をつけたほうがいいわよ」
「はぁ?」
「あの方、今頃こう思い込んでるわ。近衛宗一郎夫人の珠貴さまが、自分のお仲間になったってね。
おそらく、珠貴さんが考えている以上に、まわりはあなたが気になっているの」
「どうしてでしょう」
「それはね、珠貴さんがクーガクルーズの親会社の総帥、久我様のご親戚であり、あの近衛家の方だから。
陸の上では接点が難しくても、海の上ならそれも可能だわ。
旅の間に親しくお話をしたら、もうお知り合い……ということで、周囲の人に
”近衛様の珠貴さまと親しいのよ” なんて自慢するの」
「お話したといっても、ご挨拶程度です。小山様やみなさまのお話をお聞きするばかりで」
「それでもお話したことになるの。だからね、必要以上に親しくしないこと。それが自分を守ることになるのよ。
あなたは常識がある方だから、年上の方へ礼をつくすおつもりでも、あちらはあなたを利用しようとしているの。
近衛君のためにも、むやみにあの人になついちゃだめよ。
なつくなんて、あら、ワンちゃんみたいね。そういえば、千影さまって犬顔だわ。ふふっ……」
毒を含んだ意見を聞かされたのに不思議と嫌悪感はなく、つい一緒に笑ってしまった。
お茶会の間胸の奥にくすぶっていた思いを、奈緒子さんに代弁してもらったようですっきりとしてきた。



