クルーズの出発は夕方のため、乗り込んでから夜のパーティーまで時間的余裕はあったものの、環境の変化から心身にかなりの緊張を伴っていた。
大事なお客さまや取引先の招きによる席へ、父とともに数え切れないほど出かけた。
結婚後は、宗とともに夫婦で招かれるパーティーを何度も経験した。
そんな場では難なく振舞えるのに、仕事を離れた旅先では、仕事のスキルも役職も通用せず心もとない。
長い人生を歩いてこられた方々の前では、虚勢を張っても見透かされてしまいそうで、自信のなさが背中の強張りとなっていた。
力みすぎた私を和ませてくれたのは、船のスタッフだった。
乗船後、結婚式で見知った彼らの顔に再会し、どれほど心が安らいだことか。
私たちを見かけると 「近衛さま、ようこそ初音へ。先日はありがとうございました」 と声をかけてくれた。
礼を伝えなければならないのは私たちのほうなのに 「貴重な経験をさせていただきました」 と、口々に嬉しい感想を伝えてくれる。
乗務員全員が 『初音』 から 『久遠』 へ移行することになり、それは彼らから志願したのだと嬉しい知らせもあった。
チーフパーサーが私を見つけて駆け寄ってきた。
再会の挨拶のあと、彼から計画の進捗状況が報告される。
「例の件ですが準備は順調です。お任せください」
「ありがとうございます。みなさんにお世話になります」
「スタッフもみな楽しみにしています。
またあの感動を味わえるのかと思うと、いまからワクワクします。
御新婦様のドレスは、一週間後の寄港地で受け取ることになっています」
宗と私は、密かに平岡さんと蒔絵さんの結婚式を計画していた。
円卓にて大勢の方々が食事を楽しむ風景も見えるが、この席は私と宗、平岡さんと蒔絵さんの
4人だけのテーブルで、気兼ねなく食事ができる空間だった。
「緊張するわね。疲れたでしょう」
「はい。室長も……あっ、すみません。珠貴さんもそうですか」
二人にとって仕事の旅ではあるが、役職ではなく名前で呼んで欲しいと伝えていた。
この件に関しては 「仕事ですから」 と断られることなく承知してもらったのだが、習慣を変えるのは難しそうだ。
「えぇ、船旅の独特の雰囲気があるわね」
「そうですね。初めてで、気後れする気持ちが、もっと緊張させているのかもしれません」
蒔絵さんの言葉を聞き、平岡さんが心配そうな目を向ける。
大丈夫? といたわりの言葉をかける平岡さんの声は優しさに満ちていた。
気遣う声に 「大丈夫よ」 と笑みで返す蒔絵さんの声もまた優しく、おふたりの絆がみえた
「みなさんと話をしていると、長い人生を歩いてこられた方が持つ重みというか、迫力を感じます」
「そうだな。いきなり話しかけられると、思わず身構えてしまうよ」
「とか何とか言って、先輩は乗客のほとんどが知り合いじゃないですか」
「俺を知ってるんじゃない。相手は、親父やじいさんを知ってるんだ。
中にはひいじいさんと交友のあった人もいたぞ。だから余計に気を遣うんだよ」
「それでも、近衛宗一郎の名前と顔は知られています。どんどん交友を深めてください」
平岡さんの遠慮のない言葉に 「わかってるよ」 と宗がぶっきらぼうに言い返す。
いつもの風景が繰り広げられ、私も蒔絵さんも顔が緩んだ。
「お二人がご一緒で、本当に良かった。私たちだけだったら、きっと心細いわね」
「うん……社長のゴリ押しで断れなかっただんろうが、感謝しているよ」
「感謝なんていわれると気味が悪いですね」
「バカ、たまには素直に受け取れ」
「わかってます。その社長ですが、最初から僕らを旅行に同行させるつもりだったとか。
社長と堂本が話し合って筋書きを作り、こうなるように話を進めたってのが、本当のようです」
「親父と堂本が結託したのか。なるほどなぁ、今考えるとできすぎた展開だった。
親父は堂本を高くかっていると思っていたが、かなり信頼しているようだな。
平岡、帰ったら堂本と席が入れ替わってるかもしれないぞ。覚悟しておけよ」
「そこまで言いますか」
平岡さんが大げさに顔をしかめたが、それも二人の間ではいつものこと。
二人の掛け合いを聞きながら、少しばかり考え事をしていた。
宗と平岡さんは会話に興じ、私は自分の思いに入り込んでいたため、その人がテーブルに近づいたことに誰も気がつかなかった。



