ボレロ - 第三楽章 -



三週間の留守はこれまでに何度もあった。

しかし、そのどれもが仕事のためであり、休暇による留守は初めてとなる。

社長も認めた休暇であり、部下も快く送り出してくれる旅に出かけるというのに、私の中には、いまだ申し訳ないという気持ちが存在する。

副社長という立場だから許されるのではないか、社長の息子だからできることだと思われてはいないかと、妄想さながらの心配が襲ってくるのだ。

そんな気持ちがつい言葉の端にも出ていたようで、今日も 「すまないが……」 とへりくだる言葉を述べてから話をはじめていたのだが、堂本の強い声に思わず手元の書類から顔をあげた。



「副社長、遠慮などいりません。堂々とお出かけください」
  

「いや、そうだが気になってね」


「長期の休暇を副社長が積極的にとれば、他の社員も休みやすくなります」


「なるほど、そういう考え方もあるのか」


「ですから、どうぞ、気持ちよくお出かけください」


「そうだな、そうさせてもらうよ」



現金なもので、堂本に言われ胸がすっと晴れてきた。  
 
ところが、私の横にいる平岡は、まだ顔を歪ませている。



「副社長はいいですよ。僕はやっぱり肩身が狭いですね。

お付とはいえ半分休暇みたいなものですから。

それに、留守中は堂本に負担がかかる、気にするなって方が無理ですね」


「平岡さんが秘書として副社長に同行されるのは、誰もが知っています。    

平岡さんの退職後、私が仕事を引き継ぎます。今回は予行練習のつもりでいます。

お二人の旅行中、しっかり留守を守りますので、どうぞ安心して行ってください」



堂本に力強く宣言され、私も平岡もうなずくしかなかったが、秘書室の後継者が頼もしいのは喜ぶべきことだが、平岡にとっては寂しさもあり複雑な心境でもあるらしい。

とはいえ、留守中の心配はないと太鼓判を押されたのだ。

余計な気遣や心配は横に置き、明日からの旅へと気持ちを向けることにした。


仕事を早々に切り上げ、平岡と社長室に出向き明日から留守を伝える。

社長からは 「元気で行って来い」 とだけ短い言葉があったが、居合わせた重役たちは 「客船の乗客は名だたる方ばかりだそうですね。副社長、ぜひ親しくなってください。平岡君もわかってるな」 と声があった。

要するに、名だたる方々と顔をつなぎ会社のために役立てろということで、思わぬプレッシャーをかけられたのだ。

ただの新婚旅行ではない、見聞を広め親交を深めよと、社命を言い渡された感がある。

重々心得ていますといった顔で平岡と並んで無言で頭を下げ、社長室をあとにした。



「三週間の休暇ってのは、ただじゃすまないようですね」


「あの世代は、なにかにつけ理由付けがいるんだよ。気にするな」


「わかってますけど、なんだか気が重いな」



平岡の口から深いため息がもれた。

秘書の立場としては確かに周囲に対して気が重いだろうが、平岡の屈託のある顔は他の悩みも抱えているのではないか、そう思えてならなかった。

彼が何を言ったわけでもないが、長年の付き合いから平岡の些細な変化が感じられた。



「気が重い原因が、他にもあるんじゃないか?」


「えっ?」


「驚くところをみると、俺の勘もまんざらではなさそうだな」


「まったくですよ。先輩、とんでもなく勘の鈍い時もあるのに、どうしてこんな時だけ鋭いんですか」


「遠慮のないヤツだな。勝手に言ってろ。で、なんだよ、おまえがため息をつく原因は」



私の問いかけに、平岡は先ほどより大きなため息をついた。

平岡が結婚したことと退職の予定であることは、社内ではまだ伏せられている。

グループ会社の社長を父に持つ彼の結婚と退職は、何かと周囲に影響を及ぼすためだ。

よって伏せられているのだが、それらの情報が漏れたのだろうか。

そして、止めにあっているのではないか。

平岡本人に、個人の意思を貫くことに迷いがあるのではないか……

平岡の顔を窺いながら、さまざまに思いをめぐらせていたが、彼が語った理由はそのどれでもなかった。