「結歌、井坂さんに誘われて嬉しそうだったわ。彼を追いかけて行くつもりかもしれないわね」
「井坂氏と今回初めて話をしたが、なかなかの人物だったよ」
「温和な方ね。とても穏やかな話し方をなさるの、私たちにも丁寧な挨拶をくださったのよ」
「あたりは柔らかいが鋭さもあったな。彼は音楽家というより、経営者に向いている」
井坂氏の専門は音楽理論だと聞き納得した。
彼には情緒的なものより、理論を論ずる雰囲気が感じられる。
時おり見せる研ぎ澄まされた思考を、柔らかい笑みに包み隠してしまう。
手持ちの武器を相手に悟られないように、慎重に動く策士の顔が見え隠れしていた。
女たちが感じたような、柔らかな部分だけではない何かを、井坂氏は持っていた。
同じフィールドに立つ私にとっては、警戒しつつ相手を見極めなければならない人物とうつったが、女性にとって優しさと危険な香りを含む彼は、さぞ魅力的に見えるのだろう。
結歌さんが井坂氏に惹かれるのもそんな部分かもしれない。
柔らかさは人を警戒させないためのものだろうと珠貴に言うと、そうね……と言いながら、大人の落ち着きがある男性なのよと、井坂氏を庇う言葉を口にした。
「結歌には年上の彼がいいと思うの。しっかりした男性がお似合いだわ」
「俺も年上だけどね。しっかりしてない?」
「結歌のお相手の話をしてるのよ。歳が離れた男性ってことです。こんなことで対抗意識を燃やすの?」
「あぁ、気になるね」
「宗って、意外に負けず嫌いなのね」
「そうさ、男ってのは負けず嫌いなんだよ。
結婚したばかりの妻の口から、ほかの男の話を聞かされればなおさらだ」
「ほかの男って、井坂さんは結歌が……ねぇ、宗……待って……あっ」
珠貴の頭を抱え込みうなじに唇をあて滑らせる。
待って……と弱い抵抗を示す彼女の声も聞き流、 強引に体を引き寄せ、広く開いた襟に手を差し入れ、あらわになった肩を思い切り吸い上げた。
珠貴が声をあげたのは痛みを感じたからなのか、快感によるものなのかわからない。
だが、今の私にはどちらでもよかった。
彼女の声は私の感情を煽るに充分であり、肩においた唇が赤い印を残しながら乳房にたどりつく頃、私も彼女も互いの熱にうかされていた。
ベッドに……お願い……と懇願する声も聞こえぬ振りをし、足を抱え太腿へ手をはわせた。
ストッキングのない肌は冷たく、手の熱を吸い取っていく。
やがて汗で湿り気を帯びた肌がより私の気持ちを高ぶらせ、ソファに手をついた珠貴の後姿が、私の欲望をこれでもかと引き出した。
煌々と天井からそそがれる灯りのもと思いを遂げたのち、灯りを消して……と甘い吐息の狭間、訴えるように聞こえてきた声を聞き入れ照明を落とした。
部屋の四隅に仄かに灯るダウンライトが、珠貴の白い肌を妖艶に照らしている。
ちっぽけな嫉妬だと笑われてもいい。
珠貴の口が、ほかの男を語ることが許せなかったのではない。
抑えきれぬ激情となり強引に彼女を抱いてしまったのは、話題の主が井坂氏だったことにある。
なぜか気にかかる男の話題を、これ以上耳にしたくはなかった。



