ボレロ - 第三楽章 -



翌日の夕方、結歌さんと漆原さんが渡したい物があるそうで、珠貴と一緒に 『榊ホテル東京』 へ出かけた。

それにしても、結歌さんと漆原さんの組み合わせは新鮮だ。

ふたりで何をくれるのだろうかと珠貴と想像してみたが、彼らの共通点が見つからず予想は困難だった。
 

そして……部屋にやってきた結歌さんと漆原さんは、私たちの予想を聞いて笑い出した。



「わからないはずよ。私たち、別の目的ですもの。プレゼントがあるのは漆原さんよ。

私は報告なの、お知らせかな?」


「報告? 結歌、お相手の方とお付き合いが始まったの? ねぇ、そうなのね!」


「残念ながらそうじゃない。期待にそえなくてごめんなさいね」


「でも、結歌さん男性に大人気だったって聞いたよ。井坂氏は?」


「宗さん、井坂さんをご存知なの? 

あのね、あの方には偶然お会いしただけで…… 

えっと、そうじゃないの、少しお話はしたけど、それだけで、なんにもなくて。 

うぅん、何にもなかったんじゃなくて、お誘いを受けたというか、決めたのは私だけど……

でもね、これはお勉強なのよ。お付き合いとか、そんなんじゃないの。

だから、あーもぉ、だから違うんです」


「結歌、よくわからないわ。ちゃんと話してちょうだい。お誘いってなぁに?」


「だっ、だからそれが今日のお知らせなの。

井坂さんのお誘いで、この夏をヨーロッパで過ごすことになったの」



井坂氏は、結歌さんが音大生の時の大学の講師で 「楽典 音楽理論」 を習ったそうだ。

彼は音楽の道に進むつもりでいたのに、父親の会社を継がなければならず大学を辞めたが、音楽を諦めきれず音大生の留学の支援をしているという。

結歌さんはこの夏、その手伝いに誘われた……というのが、珠貴が彼女から聞きだしたことだった。



「では、俺から。これ、記念になるかと思って……

結歌さんに付き添ってもらって、撮影させてもらいました。

仕上がったばかりです。新婚旅行の前に出来上がってよかった。

気に入ってもらえるといいけど」



漆原さんが渡してくれたのは、かなりの厚みと重みのあるアルバムだった。

それもそのはずで、披露宴の出席者全員が一人一人写されており、写真の下には直筆でコメントが添えられていた。



「招待者全員の声を録音しようと思ったが、潤一郎さんによした方が言いといわれてやめたんだ。

なんでも、みんな話し出したら止まらないらしい、確かに語りたい人ばかりだ。 

コメントも一行だけと頼んだのに、数行書いてる人がほとんどだからね。 

さすがに、お偉いさんってのは自己主張に秀でてるよ。あっ、これは褒め言葉だから。

それから、全員の写真を撮ったつもりだったが、2名漏れがあった。この二人については勘弁して欲しい。

えっと、このアルバム、喜んでもらえたかな……

いまどき、デジタルデータじゃないなんて呆れるかもしれないが、現像した写真にはそれなりの良さがあると思うんだ。

画面で見る画像とはひと味も、ふた味も違うからね。

あっ、これは俺の思い込みだね、やっぱり、こんな分厚いアルバム、邪魔になるか……

データだけ渡してもいいけど、宗一郎さん、どうかな」



私たちが、アルバムを手にしたまま黙ってしまったので気になったのだろう、漆原さんが懸命に語りかける。

返事をしたいが、私も珠貴も感極まって言葉にならず立ち尽くしていたが、彼の気持ちに応えるべく、



 「ありがとうございます。大事にします」 



やっとの思いで声にした。

写真がない二人は、結歌さんが話していた井坂氏と、もう一人は神崎籐矢氏だった。

井坂氏も神崎氏も席を離れることが多く、下船まで二人に接触できなかったそうで、こういってはなんだが、彼らとそれほど親しいわけではない。

けれど、結歌さんは残念そうだった。




「井坂先生の写真ないの? あら残念、漆原さんから写真をもらおうと思ってたのに……

あっ、誤解しないでね。大学の頃の写真もないの、だから記念にと思って。ホントそれだけだから」 


「なんだ、結歌さん、先に言ってくれたら、なにがなんでも探して撮ったのに」


「いいの、いいの、プロのカメラマンさんに写真をもらおうなんて、ずうずうしいわね。

もしかしたらと思っただけだから気にしないでね。

井坂先生にはまた会えるから、あはは……なんだかこの部屋暑いわね」


「そうかなぁ? 空調はきいてると思うけど、結歌さん熱でもあるんじゃないの?」



一人芝居のように言葉を並べる結歌さんへ、漆原さんが的外れな返事をする。

漆原さんからの素晴らしいプレゼントは、私たちの宝物になるだろう。



「船の中でゆっくり見せてもらいます」 


「写真っていいですね。ずっと眺めていたいわ……本当にありがとうございました」



珠貴と口ぐちにそう伝えると、漆原さんの人懐っこい顔がさらに緩んだ。