翌日の夕方、結歌さんと漆原さんが渡したい物があるそうで、珠貴と一緒に 『榊ホテル東京』 へ出かけた。
それにしても、結歌さんと漆原さんの組み合わせは新鮮だ。
ふたりで何をくれるのだろうかと珠貴と想像してみたが、彼らの共通点が見つからず予想は困難だった。
そして……部屋にやってきた結歌さんと漆原さんは、私たちの予想を聞いて笑い出した。
「わからないはずよ。私たち、別の目的ですもの。プレゼントがあるのは漆原さんよ。
私は報告なの、お知らせかな?」
「報告? 結歌、お相手の方とお付き合いが始まったの? ねぇ、そうなのね!」
「残念ながらそうじゃない。期待にそえなくてごめんなさいね」
「でも、結歌さん男性に大人気だったって聞いたよ。井坂氏は?」
「宗さん、井坂さんをご存知なの?
あのね、あの方には偶然お会いしただけで……
えっと、そうじゃないの、少しお話はしたけど、それだけで、なんにもなくて。
うぅん、何にもなかったんじゃなくて、お誘いを受けたというか、決めたのは私だけど……
でもね、これはお勉強なのよ。お付き合いとか、そんなんじゃないの。
だから、あーもぉ、だから違うんです」
「結歌、よくわからないわ。ちゃんと話してちょうだい。お誘いってなぁに?」
「だっ、だからそれが今日のお知らせなの。
井坂さんのお誘いで、この夏をヨーロッパで過ごすことになったの」
井坂氏は、結歌さんが音大生の時の大学の講師で 「楽典 音楽理論」 を習ったそうだ。
彼は音楽の道に進むつもりでいたのに、父親の会社を継がなければならず大学を辞めたが、音楽を諦めきれず音大生の留学の支援をしているという。
結歌さんはこの夏、その手伝いに誘われた……というのが、珠貴が彼女から聞きだしたことだった。
「では、俺から。これ、記念になるかと思って……
結歌さんに付き添ってもらって、撮影させてもらいました。
仕上がったばかりです。新婚旅行の前に出来上がってよかった。
気に入ってもらえるといいけど」
漆原さんが渡してくれたのは、かなりの厚みと重みのあるアルバムだった。
それもそのはずで、披露宴の出席者全員が一人一人写されており、写真の下には直筆でコメントが添えられていた。
「招待者全員の声を録音しようと思ったが、潤一郎さんによした方が言いといわれてやめたんだ。
なんでも、みんな話し出したら止まらないらしい、確かに語りたい人ばかりだ。
コメントも一行だけと頼んだのに、数行書いてる人がほとんどだからね。
さすがに、お偉いさんってのは自己主張に秀でてるよ。あっ、これは褒め言葉だから。
それから、全員の写真を撮ったつもりだったが、2名漏れがあった。この二人については勘弁して欲しい。
えっと、このアルバム、喜んでもらえたかな……
いまどき、デジタルデータじゃないなんて呆れるかもしれないが、現像した写真にはそれなりの良さがあると思うんだ。
画面で見る画像とはひと味も、ふた味も違うからね。
あっ、これは俺の思い込みだね、やっぱり、こんな分厚いアルバム、邪魔になるか……
データだけ渡してもいいけど、宗一郎さん、どうかな」
私たちが、アルバムを手にしたまま黙ってしまったので気になったのだろう、漆原さんが懸命に語りかける。
返事をしたいが、私も珠貴も感極まって言葉にならず立ち尽くしていたが、彼の気持ちに応えるべく、
「ありがとうございます。大事にします」
やっとの思いで声にした。
写真がない二人は、結歌さんが話していた井坂氏と、もう一人は神崎籐矢氏だった。
井坂氏も神崎氏も席を離れることが多く、下船まで二人に接触できなかったそうで、こういってはなんだが、彼らとそれほど親しいわけではない。
けれど、結歌さんは残念そうだった。
「井坂先生の写真ないの? あら残念、漆原さんから写真をもらおうと思ってたのに……
あっ、誤解しないでね。大学の頃の写真もないの、だから記念にと思って。ホントそれだけだから」
「なんだ、結歌さん、先に言ってくれたら、なにがなんでも探して撮ったのに」
「いいの、いいの、プロのカメラマンさんに写真をもらおうなんて、ずうずうしいわね。
もしかしたらと思っただけだから気にしないでね。
井坂先生にはまた会えるから、あはは……なんだかこの部屋暑いわね」
「そうかなぁ? 空調はきいてると思うけど、結歌さん熱でもあるんじゃないの?」
一人芝居のように言葉を並べる結歌さんへ、漆原さんが的外れな返事をする。
漆原さんからの素晴らしいプレゼントは、私たちの宝物になるだろう。
「船の中でゆっくり見せてもらいます」
「写真っていいですね。ずっと眺めていたいわ……本当にありがとうございました」
珠貴と口ぐちにそう伝えると、漆原さんの人懐っこい顔がさらに緩んだ。



