「こっ、これは宗一郎さま。素晴らしい船のご披露宴に、大変感激しております。
このような盛大なお式は、なかなかございませんわ」
「おそれいります……珠貴の声が聞こえましたが、なにかトラブルでもございましたか」
「いいえ、珠貴さまと親しくお話をさせていただいておりましたの。
ご結婚なさったばかりで、おわかりにならないことも多いのではと思いまして」
「そうでしたか。妻のために、ご教示ありがとうございます」
平岡夫人に頭を下げる宗は、いかにも平身低頭の姿勢だった。
けれど、夫人の親しみを滲ませた語りかけに、宗はしかつめらしい言葉遣いで返し、相手の親しさを跳ね返しているようでもある。
彼の丁寧すぎる対応は、心の奥に怒りを潜ませている時にみられるのだが、見た目の宗の様子に気を良くしたのか、平岡夫人は体を前に進めてきた。
「宗一郎さま、この人は珠貴さまのおためになりません」 と親切ごかしな態度で、蒔絵さんの素行がどうのと並べだしたが、彼の大きな声に遮られた。
「奥さま、そのお話は、次の機会におうかがいいたします」
「ですが、いまお話しておきませんと手遅れに……」
「本日は、お披露目の席へみなさまをお迎えいたしました。
みなさま、私どもが末永くお付き合いいただきたい大切な方ばかりです。
今日は、ゆっくりと、楽しいひとときを過ごしていただきたく思っております」
「そっ、そうですわね。 おめでたいお席ですものね、私としたことが失礼いたしました」
宗の口調は至極丁寧でありながら、声に凄みがあった。
祝いの席に水をさすようなことを言うものではないと言われたのも同然で、夫人は恥じ入った顔でうつむいた。
それでも言い足りないのか、私を引き合いに出しながらなおも宗に話しかける。
「珠貴さまのような方にめぐり合われて、宗一郎さまはお幸せですね、
篤史も、もう少し親の気持ちを考えてくれると良いのですが……結婚は遊びではございません。
息子は騙されているんですの、そこにいるその人に」
「篤史君と蒔絵さんのことは私も存じております。二人のことは、私に任せていただけないでしょうか」
「えぇ、それはもう。宗一郎さまがそうおっしゃるのでしたら……どうぞよろしくお願いいたします」
「お聞き届けくださいまして、感謝いたします」
「……では、私はこれで」
宗の威圧的な言葉に、さすがに平岡夫人も気をのまれたのか、挨拶もそこそこにくるりと背を向け立ち去ろうとした。
その背中に、宗が追い討ちをかけた。
「そういえば……私と珠貴の出会いも道端でした。
困っていた私に彼女が声をかけくれまして、あのときの出会いがあり、こうして今日の良き日を迎えました」
「さっ、さようでございましたか。そのようなこともございますわね」
「人様にお聞かせすることではありませんが……」
「失礼いたします」
いたたまれなくなったのか、夫人はそそくさと退散していった。
廊下を遠ざかり、その姿が見えなくなるまで私たちは声を潜めていた。



