沢渡さんが案内したのは船内ラウンジの一角で、披露宴が行われているホールから離れているため人気はなく、それだけに、その人の声が良く聞こえてきた。
「あなた、いつまで篤史に付きまとうつもりなの」
言い放つ荒い声に、怒りで体が震えた。
壁に身を潜ませていた美那子さんが 「この中です」 と声を出さずに口だけ動かした。
ラウンジへ飛び込もうとする私の腕を宗がつかみ、首を横に振った。
「別れなさいと何度も言ったはずよ。篤史の隣りにいられると迷惑なの。
同じ苗字のせいで、息子が結婚したと、みなさまの誤解を招くでしょう。
もっともあなたのことですから、それも計算ずくでしょうけれど」
「そんなつもりはありません……」
「まぁ、恥も知らずに言い返すなんて、なんて人なの。
そうね、母親が働いている家庭では躾もできてないわね。大学卒業も怪しいものだわ」
「母は懸命に育ててくれました。大学はきちんと卒業しています」
「篤史はね、宗一郎さんや乾杯のご挨拶をなさった狩野さんと同じ大学なのよ。
宗一郎さんとは中学校からご一緒よ。誰でも入れるような、簡単なところじゃないの。
あなたのように、仕事をしながら片手間に通った大学とはわけが違うのよ。
それで篤史と釣り合ったつもりなの?」
もう聞いていられない。
宗の腕を振り切って、ラウンジの中へ飛び込んだ。
「失礼いたします。平岡蒔絵になにかございましたか」
「これは珠貴さま、本日はおめでとうございます。
いえね、この方が失礼なことをおっしゃるので、少し意見させていただいておりましたの」
「さようでございますか。では、私が承ります」
「あの、どうして珠貴さまが?」
「私は彼女の上司ですので」
「そのようなこと、困りましたわね……」
平岡夫人はしばらく思案顔だったが 「そうですね、聞いていただけますか」 と体を進めてきた。
一度開いた口は、永遠に閉じることはないのではないかと思われるほど、次々と言葉を放っていく。
蒔絵さんは平岡家に釣り合わない、篤史さんが言いくるめられているに違いない、などなど、しばらく黙って聞いていたが、聞くに堪えない内容に体の奥から怒りがこみ上げてきた。
「……それに、篤史とこの人が出会ったのは道端ですって。
道を聞いて知り合ったなんて、人様にいえませんわ。
それだけではありませんのよ。お仕事をしているような方が、息子の交際相手なんて恥ずかしくて。
そうでしょう? 経済的に苦しいから働かなくてはならないんですものね。
そのようなお家のお嬢さんと我が家の息子では、所詮釣り合いがとれませんもの」
「お言葉ではございますが、私も仕事を持っております。
仕事は経済的なことばかりが理由ではないのではないでしょうか」
「珠貴さまは特別です。お父さまの跡を継がれる方ですから、お仕事もお勉強ですもの」
「彼女もそうです。デザイナーだったお父さまの遺志をついでいます」
「まっ、おほほ、デザイナーなんて大げさな。小さな工房の職人ではありませんか。
アクセサリーといっても、外国のブランドに比べれば、ねぇ……」
蒔絵さんのお父さまだけでなく、その作品まで見下すとはどういうことか。
平岡夫人の言葉は、それらの作品を見出した私への非難でもある。
「蒔絵さんのお父さまのデザインは素晴らしいものばかりです。彼女が完成させて、弊社が扱っております。
宝飾部門は、私が蒔絵さんとともに立ち上げました。そのようにおっしゃられるとは、心外ですね」
「あらあら、そういうつもりではありませんのよ。珠貴さまのご活躍は息子から聞いております。
イタリアに留学の経験もおありになって、お父さまのお仕事のお手伝いをなさって、本当に素晴らしいこと。
ですからね、この人のようにたいした学校も出ていない人がそばにいては、珠貴さまの経歴にも傷がつきますでしょう。
それを心配しております。どうぞ、お考えになって」
私が男だったら、とっくにつかみ掛かっている。
いえ、このドレスさえ着ていなければ……
どこまでも自分の価値観を押し付けようとするこの人に、何を言っても無駄だと思うものの、言わずにはいられない。
このまま引き下がってはなるものかと、大きく息を吸って言い返そうとしたときだった。
目の前に、広い背中が現れた。



