ボレロ - 第三楽章 -



「平岡君の母親が、須藤さんのお嬢さんにご挨拶をしたいと言うので、堂本君んが案内したようです。 

僕は近くにいたのでやり取りが聞こえたのですが、はじめは差しさわりのない会話でした。 

夫人の姪も紗妃ちゃんと同窓だとわかって喜んだり、学校は環境も大事だとか、まぁ、ここまでは良かったが、片手間に学校に行くなんて、たいした勉強もできないでしょうと、そばにいた遠堂君を見ながら言い出して……

彼が働きながら大学にいっていると、誰かに聞いたのでしょう」



「そんなことを言ったのか!」


「まさか、紗妃が平岡さまの奥さまに、言い返したりなんてことは」


「えぇ、言いましたよ。失礼ではありませんか、彼に謝ってくださいと、それはもう怒りで顔が真っ赤だった」


「あぁ……」



紗妃ならそう言うだろうと思っていたが、なにぶん相手が悪い。

どんな理由があるにせよ、紗妃は披露宴に親族として出席しているのだから、発言をわきまえなければならない。

平岡さんのお母さまは、さぞご立腹だっただろう。



「近くにいた紗妃ちゃんのお母さんが気がついて、なんとかその場は収まりましたが。

そのあとで平岡君が母親をたしなめると、本当のことを言っただけだと開き直りましてね。

まぁ、八つ当たりでしょうけどね」


「八つ当たり? 誰に対して」


「平岡君と蒔絵さんにです。蒔絵さんは、社会人になってから大学に行ったそうですね。 

それも、平岡君の母親が彼女の学歴に難色を示したため、忙しい仕事の合間に大学に通って、学位を取得した。 

ところが、母親は蒔絵さんの姿勢が気に入らなかったそうでして、いやはや、なんとも……」


「蒔絵さんの、なにが気にいらないっていうんですか。褒めることはあっても、批判されることなどないはずだ」 


「何をしても難癖をつけるんですから、結局は、ふたりのことを認めるつもりなどないってことでしょうね」



詳しいですねと聞いた宗へ 「美那子が、霧島君と美野里さんから聞いてきた話です」  と沢渡さんは肩をすくめた。

平岡さんと、霧島さんの奥さまの美野里さんは従兄弟になる。

美野里さんも平岡家の事情をかねてから気にかけており、霧島君も何度か口添えしたが、



「あなたは美野里さんのような方とご一緒になれてよかったわね。

良いお嬢さんがいたら、息子に紹介してくださいね」 



と平岡君の母親に言われたそうですと、沢渡さんの顔はいよいよ曇ってきた。
 

蒔絵さんが大学に社会人入学した理由は、平岡さんのお母さまを説得するためだけではない。

視野を広げ、平岡さんとの将来のために、より深く広い知識を身に付けるためだと言っていた。

けれど、彼女のそんな思いも、岡さんのお母さまには届かなかった。

価値観の相違は育った環境が培うもの……そう思い込んでいる人に、何を言っても無駄かもしれない。



「平岡君には弟がいるそうですね。

弟の婚約者は申し分のない家のお嬢さんで、母親が気に入って婚約にこぎつけたらしいですよ」


「弟さんのお相手がお母さまのお気に入りの方では、蒔絵さんの立場は、ますます難しくなりますね」


「難しいどころじゃない、完全に無視だ。

ここにきて、平岡君へ多数の女性の目が向いていると知ると、息子を紹介しますよと、母親が女性に積極的に話しかけるんです。

となりに蒔絵さんがいるのにですよ」



眉をひそめ、怒りをあらわにしている。

普段穏やかな沢渡さんが、これほど言葉を荒げているのはよほどのことだったに違いない。

カップリングの詳細な報告は、平岡さんの事情を伝えるための前置きだったようだ。



「あまりいい話ではありませんが、ふたりの耳に入れておこうと思いまして」 



まぁ、そういうことなので、と言い残し沢渡さんは私たちのそばを離れていった。

ところが、血相を変えてすぐに戻ってきた。



「蒔絵さんを平岡君の母親が呼び出したそうです。

美那子が知らせてきました。美那子がふたりのあとを追っています」



宗はここで待つようにと言ったが、私は彼の言葉を聞かず沢渡さんについていった。

私を巻き込みたくない宗の気持ちはわかる、わかるけれど、私だけじっとしてはいられない。

蒔絵さんは大丈夫だろうか、ドレスの裾を引きちぎって走り出したい思いだった。