ボレロ - 第三楽章 -



「彼らに迫る人気が櫻井君でしたが、ふっ、ふふっ……」


「どうしたんですか?」


「入れ替わり立ち代り、女性が彼のそばに来て話しかけるんです。

櫻井君もその子たちの話に応じていたが、曖昧な態度はいけないと思ったんでしょうね。

彼女と約束があるのでと言うと、浜尾さんの手をとってそのまま消えました」


「櫻井君と真琴が消えた? どこに」


「さぁ、それを詮索するのは野暮ってものでしょう」 



「真琴」 と聞こえ、宗を横目で睨むと、一瞬しまったといった顔をして 「櫻井君と浜尾君がねぇ……」 と言い直したが、彼も不機嫌な顔だ。

真琴さんに対する兄弟や幼馴染のような感情が、宗の顔を歪ませているとわかっていながら、そんな顔を見せられ 「真琴」 と呼ぶ声を聞くと、私も内心平静ではいられない。

私や宗の複雑な心情に沢渡さんが気づくはずもなく、話はさらに先へと進んでいく。


「女性の一番人気は結歌さんです。

陽気で気さくな女性ですからね、誰にでも話しかけて、気取ったところがなくて、話しているだけで楽しくなってくる。

ことに年下の男に大人気ですよ」


「まぁ、年下の男性に?」



私が予想以上に大きく反応したのが面白くなかったのか、宗が悪い冗談を口にした。 



「珠貴も独身だといえば、若い男が寄って来たかも知れないぞ。結婚を早まったな」


「宗、いい加減にして!」


「まぁ、 まぁ、ふたりとも落ち着いて。

なにもこんな日にケンカしなくてもいいでしょう。もっとも、夫婦喧嘩は犬もくわないそうですが」



沢渡さんにこう言われては、不機嫌な顔をしまうしかない。

宗もバツが悪かったのか、口元に手をおき意味もなく咳払いをしている。
 


「紗妃ちゃんも、別な意味で人気の的ですよ」


「紗妃が?」


「珠貴さんの妹さんですから、お近づきになれば、須藤家と近衛家につながりができますからね 

男だけじゃない、同じ年頃の娘がいる人も接触してくる。自分の娘と仲良くさせたいのでしょう。

紗妃ちゃんに、ぜひ遊びにいらっしゃい などと、声をかけて誘っているようですが」


「紗妃ちゃんは、そんなことでなびいたりしないよ。自分をしっかり持った子だ。 

自分の相手は自分で見つけるだろう」


「そうみたいですね」


「えっ?」



紗妃に交際している男性でもいるのだろうか。

宗とともに、どういうことですかと沢渡さんに詰め寄ると……



「次々に男性から声をかけられて困った紗妃ちゃんが、どうしたと思いますか?」


「父に助けを求めたとか」


「いいえ、遠堂君にボディガードを頼んだんですよ」



披露宴には大勢のお客さまがいらっしゃるため、勉強の場になるからと、ドアマンの大先輩の宮野さんが、彼を今日のスタッフに推薦したと聞いていた。

披露宴に出席するお客さまの多くは 『榊ホテル東京』 を利用しているため、顧客の情報を把握している堂本君は即戦力となる。

もしトラブルが起こっても、どのように対処したらよいのか、彼の記憶が正確に判断してくれるはずだ。

お客さまをお迎えしたあと、フロアスタッフとして披露宴の様子を見守っていた彼へ、紗妃は自分の警護を頼んだのだった。



「頼まれた遠堂君が、また仕事熱心でして。

紗妃ちゃんのそばで、彼が睨みを利かせながら控えていますから、男だけでなく、娘を持つ親たちも迂闊に声をかけることもできなくて、遠巻きに見ていますよ。

いやぁ、たいしたお嬢さんですね。人の使い方を心得ている」


「あの子ったら……」


「ところが、遠堂君を貶めるようなことをおっしゃるご婦人がいましてね」


「貶める? 嫌味でも言ったのか」



嫌味といえば嫌味ですが……と沢渡さんが顔を曇らせた。