ボレロ - 第三楽章 -



メインダイニングでは食事が始まっていた。

『久遠』 は夕方からワンナイトクルーズに出発するが、披露宴のみで下船する方もいる。

ここにはナイトクルーズへ参加されない方が集まっていた。



「こちらのテーブルは楽しそうですね。私もここにまぜてもらいたいな」


「近衛の若、おめでとうございます。私にまで招待状が届くとは思いもしなかった。

遠慮しようと思いましたが、せっかく招待いただいたのでお邪魔しました。

こちらのみなさんに良くしていただいて」


「北園さん、それは私のセリフです。 

一介のドアマンが、こうして披露宴の席に座っているなんて、まるで夢のようです」


「宮野さん、私もお仲間に加えてくださいませんか。私も一介のギャルソンです。 

このような華やかな席にお招きいただき、光栄でございます。

しかし、客船のダイニングというのは素晴らしいものですね。勉強になります」


「まぁ、羽田さんもそうお思いに? 

私も、さきほどからスタッフの動きが気になりましてね。

おほほ、どこに行っても仕事に結び付けてしまうのですから、引退はまだ先のようですわ」



そうですよ、大女将にはいつまでも現役でいてもらわなくてはと、宗は上機嫌で、みなさまのお話を伺いながら、とうとうこのテーブルに腰を下ろしてしまった。

テーブルの顔ぶれは……私の実家の庭の管理をお願いしている造園家の北園さん、

『榊ホテル東京』 のドアマン宮野さん、 

『シャンタン』 の羽田さん、 

『割烹 筧』 の大女将志乃さん、

宗の自宅の管理をお願いしている三谷さんもいらっしゃる。

みなさん、その道のプロの方々で、業種は異なるもののお話が尽きない様子だった。

それまでいくぶん緊張していた宗も、このテーブルではリラックスしている。

宗を 「近衛の若」 と呼ぶ北園さんとの掛け合いはここでも健在で 「北園親方」 と彼が呼ぶのを聞き、みなさんも 「北園親方」 と呼ぶようになっていた。







食事のあと下船されるみなさんを見送り、ふたたびメインホールに戻った。

微かに船が揺れ始める。 

安曇船長から出航が告げられ、客船 『久遠』 はワンナイトクルーズへと出発した。


『久遠』 は、港からそう遠くへはいかず近海をぐるりとまわり、どこにも寄航することなく
母港に戻ってくる、丸一日の短いクルーズだった。


私が何度目かの着替えを済ませ、お気に入りのイブニングドレスに着替える頃になると、船室へと引き上げるお客さまもではじめた。

そのほとんどは年配の方で、メインホールには。まだまだ大勢のお客さまがいらっしゃる。

ことにラウンジはにぎわっており、若い男女の声が響いていた。

バーは企業の役員ばかりですよ、と教えてくれたのは沢渡さんで、あちこちで商談行われているようだ 「披露宴でつなぎをつけて一儲けだね」 と面白いことをおっしゃる。



「あの話ですが、一番人気は誰だと思いますか」


「はぁ?」



沢渡さんの質問に首をひねる宗のジャケットの裾を引いて 「ほら、カップルになるお話よ」 と耳打ちすると、あぁ……と大きく首を縦に振った。



「宗一郎さん、完全に忘れてますね。

まぁ、自分の披露宴だから、それどころじゃないでしょうが」


「いや、忘れてたわけでは……それで、誰が一番人気ですか」


「だから、それを君に聞いたんですよ」


「あっ、そうでした。うーん、誰だろう……

男は、手伝いに来ているウチの若い社員かな」


「惜しい!」


「じゃぁ、若くない誰かってことですか?」


「そうじゃなくて」


「わかりません、教えてくださいよ」



それとなく周囲を見回し顔を近づけた沢渡さんは、用心のためか声を落とした。



「男性で人気があるのは、平岡君と堂本君ですよ」


「秘書課のふたりが? どうして」


「彼らが女性にとって魅力的だからでしょう。容姿も経歴も申し分ない。

平岡君は、宗一郎さんの片腕ですから仕事ができる。 

さらに、平岡物産社長の子息ってことでポイントが高いみたいです。

堂本君は黙って立っているだけで絵になります。彼のクールさが女性の心をくすぐるみたいですね。

語学に堪能であるのも女性にはたまらないのでしょう」



今日は外国のお客様も数名お招きしており、不自由をおかけしないために、堂本さんが通訳を務めている。

彼は、知弘さんの仕事に携わっていた頃から語学に堪能だと聞いていたが、数ヶ国語に通じる語学力があると、
今回はじめて知った。

 

「ふぅん、女性の基準はそこなのか」



「私は違います」 と言いながら睨みつけたると 「珠貴は違う! わかってるから」 と必死に否定してきた。

そうかしら……と口を尖らせていると、「女房に逆らっちゃいけません」 と沢渡さんは宗に進言しながらも、おかしそうに笑いをこらえている。

けれど、沢渡さんの笑いの原因はそれだけではなかった。