彼の腕に導かれ、ドレスの裾を引きながら階段を降りる。
宗と並び立ち、メインホールに居並ぶみなさまへ深く一礼した。
多くの視線を体中に感じつつも、もう先ほどまでの緊張感はない。
宗の手にしっかりと支えられている安心感が私を包んでいた。
結歌が姿を見せ私たちへ目配せする。
宗と顔を見合わせ一緒にうなずくと、それを合図に彼女は大きく息を吸い込んだ。
結歌の澄んだ声が、シューマンの 『献呈』 を高らかに歌い上げる。
清らかな旋律に心が澄んでくる思いがした。
「この曲はね、シューマンが婚約者に贈るために作った歌なのよ
君は私のすべてだ、魂であり、大空である。君は唯一無二の存在だと歌っているの。
宗さんの気持ちを代弁してる、そんな歌詞だと思わない? ねっ宗さん」
選曲の理由を結歌から聞いた宗は 「うん……」 と照れながらもうなずいてくれた。
彼の思いがこもった歌にじっと耳を傾けながら、これまでの道のりを振り返った。
過ぎてみれば辛いことなど何もなく、宗と出会い、さまざまな思いを共有できた。
それこそが幸せなことなのだと、ここに立ち深く感じている。
招待客の手にはそれぞれグラスが握られ、狩野さんの乾杯の発声とともに、「おめでとうございます」 の声が吹き抜けのホールに響きわたる。
宗とグラスを合わせ、少しばかりシャンパンを口にした。
マイクの前から退いた狩野さんが、「生きてきた中で一番緊張したよ。まったくとんでもない役を与えてくれたものだ」 と、宗に苦情を言いながら深いため息をついた。
「俺に乾杯の音頭をとれっていうのか? お歴々が大勢いるだろう」
宗が乾杯の発声を頼んだときのこと、狩野さんからもっともな疑問がぶつけられたが、友人を代表して引き受けてくれないか……と、宗は深々と頭を下げた。
「招待客が多い。それも目立ちたい御仁ばかりなんだ。
演説をしたくてウズウズしている人もいる。
ところが、スピーチもない披露宴だからな、乾杯が唯一目立つ役だ」
「それならなおさらだ、代議士か大臣経験者にでも頼めよ。どうして俺なんだよ」
「親父たちが言うには、誰に頼んでも揉め事を作る原因になるそうだ。
俺の友人なら文句も出ないだろうということだ。
まず珠貴の友人である結歌さんが歌ってくれる。狩野、そのあとを頼む」
宗の必死な願いを聞き 「俺に憎まれ役になれってことか。はぁ……わかったよ」 と、しぶしぶ承知してくださったのだった。
スピーチもない披露宴というのは珍しいですねと、みなさまおっしゃる。
けれど、長い演説がないのはいいですねと、お客さまには大変好評だった。
グラスを持ったみなさまが順々に私たちへ近づき、お祝いの言葉を伝えてくださる。
お客さまが各々の手にアルコールを携え、新郎新婦が座る雛壇へ挨拶に来て下さるのが一般的な披露宴であるとしたら、私たちの宴は一風変わったものである。
「メインホールにて起立のまま乾杯というのはいかがでしょう。
それでしたら、ご新郎さまのグラスにアルコールが注ぎ足されることはございません。
多くの方との歓談も可能となります。披露宴としては型破りではありますが……」
このように提案してくださったのは 『榊ホテル東京』 の西村さんだった。
宗がアルコールをたしなまないと知り、また、船内のホールの特性を生かすためにも、メインフロアにて招待客の対応にあたるのが良いのではないかということだった。
では、立食ですか? と聞いたところ、いいえ、と返事があった。
「まず、お客さまはメインフロアにお集まりいただきます。
波多野さまのお歌のあと、乾杯へとうつります。
スピーチはございません。これは、ご両家のお父さま方のご希望でもありまして……
乾杯のあと、その場でみなさまとご歓談ください。
ご新郎さま、ご新婦さまへご挨拶はもちろんですが、お客さまの間でも交流がございます。
座ったままの状態より行動が自由ですので、多くの方々とのお話が可能となります。
そちらが落ち着かれましたら、メインダイニングでゆっくりお食事を召し上がっていただきます」
限られた船内スペースでパーティー形式をとりながら、要所で格式を保ちましょうというもので、数多くの披露宴を手がけてこられた西村さんの案に無駄はなく、こちらの希望がすべて込められている。



