私たちが中等部の頃、虎太郎君はまだ小学生で、京極家にお邪魔すると、わざとやんちゃに振舞っていた。
威勢はいいものの体は小さく華奢だったため、すでに長身だった結歌はいつも彼をからかい、虎太郎君は必死になって抵抗していた。
「虎太郎」 という名が好きでないという彼に 「ご両親が名づけてくださったのよ。大事にしなさい」 と、結歌は姉の紫子さんより厳しい口調で彼をたしなめていた懐かしい記憶がある。
顔が会えば言い合っていた二人だったが、虎太郎君も結歌も音楽に秀でており、その点で共通項がありアンサンブルに興じることも多かった。
「虎太郎、ピアノは続けてる? 中等部までは熱心だったわね」
「才能に限界を感じてやめました。いまは趣味で弾くこともない」
「そうだったの……」
「結歌さんはすごいですね、頑張ってるじゃないですか。披露宴でも歌うんでしょう?」
「えぇ、珠貴の結婚式ですもの、私が歌わなくて誰が歌うのよ」
「ふっ、その自信満々なところ、変わってないですね」
披露宴は、結歌の歌声で始まることになっている。
僕はこれで……と虎太郎君が廊下出ると、結歌も彼の後を追いかけていった。
「珠貴さん、綺麗だわ……宗一郎さん、きっと驚いて声もでないでしょうね」
ため息まじりで私を眺める紫子さんに、ありがとう……と伝えると、ドアの外から咳払いが聞こえてきた。
「噂をすれば宗一郎さんだわ。さあ、どうぞ。私は遠慮しますね。おふたりでごゆっくり」
紫子さんに促され、彼女と入れ替わりに宗が入って来た。
私の姿をじっと見つめ、黙ったまま動かない。
「ドレス、どうかしら」
「うん……」
うん、と言うと、また無言になった。
そういう私も宗の姿に見とれていたのだが。
「体格の良い方でなければ着こなせません」 とは婚礼衣装にも通じている 『榊ホテル東京』 の西村さんがおっしゃったことで、宗はテイルコートをすっきりと着こなしている。
「宗、よく似合ってるわ」
「珠貴も……」
「そのあとは言ってくれないの?」
彼の困ったような顔を見ながら、意地悪く言ってみた。
衣装を褒める言葉を彼に期待するのは無理だとわかっている。
わかっているけれど、ひとこと何か言って欲しい。
じっと待っていたけれど、結局彼の口からこれといった感想を聞くことはできなかった。
彼がおもむろに私の左手をとった。
手を引いて胸に抱いてくれるのかと思ったがそうではなく、空いた手がポケットを探り、私の左手薬指に指輪を滑り込ませた。
「わぁ、ありがとう」
「遅くなったけど……」
「綺麗ね」
「うん」
「綺麗なのは、指輪? それとも、私?」
彼の顔をわざと覗き込む。
閉じられていた宗の口が小さく開いた。
「珠貴だよ……」
ようやく聞きたい言葉を引き出せた。
もう一度 「ありがとう」 と言いながら彼を抱きしめた。
フロアを見下ろすと、着飾った大勢の人々が埋め尽くしている。
もうすぐお時間です……とスタッフに告げられたとたん、鼓動が早まってきた。
あんなに落ち着いていたのに、招待客の人数に圧倒されたようだ。
この人数より、もっと多い人の前で話したこともある。
仕事においては、どんな場でも物怖じしたことなどなかったのに、すべての目が私に注がれるのかと思うと足がすくみそうだ。
思わずギュッと目を閉じた、その直後だった。
宗が私の腰に手を回し引き寄せた。
「一歩ずつ、ゆっくりいこう」
階段を一歩ずつなのか、それとも、将来を一歩ずつ前へ進んでいこうということか。
宗の言葉の意味は決めかねたが、彼についていこうと気持ちを引き締めた。
腰に当てられた手に力が加わり、私たちはそろって足を踏み出した。
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ベアトップ ・・・ 肩を出したデザイン
トレーン ・・・ 裾
ウェディンググローブ ・・・ ウェディングドレスとともに着用する手袋
リバーレース ・・・ 極細い糸を編み上げた最高級のレース



