ボレロ - 第三楽章 -



「朝の船には貴婦人のような美しさがありますよ。ぜひ、岸壁からご覧ください」


安曇船長に勧められて船外に出た。

真新しい船体は、静かな佇まいを見せていた。


朝食のあと、船内を歩き乗務員のみなさんや披露宴に関わってくださる方々へ挨拶に回った。

お祝いの言葉とともに 「私たちも楽しみにしています」 と声をかけていただいた。

「船の将来を左右する大きな仕事だからね、みんなの志気が上がっているよ」 と話してくださったのは、朝早くから、ホテルスタッフとともに駆けつけてくださった狩野さんだった。

「気合が入ってるな」 と宗が言うように、みなさんの顔が輝いている。

夏の日差しを浴びながら 『久遠』 はお客様を迎えるときを待っていた。



午後を過ぎると招待客が次々と乗船し、それまで静かだった客船がにわかに活気付いてきた。

早めに乗船し客室でくつろぎ、夕方からの披露宴にそなえるという人々がほとんどで、個々の船室で身支度ができるとあって、ゆっくり過ごすことができると招待客にも好評だと、久我の叔父さまが伝えてくれた。

それは私たちにも言えることで、前日から乗り込んでいたため船にも慣れ、気持ちにも時間にも余裕がある。

おかげで、これから大きな舞台に立たなくてはならないという気負いも、今のところはない。



「船旅のいいところは、余計な移動がないってところだよ」 



叔父さまの言葉に、宗とふたりでうなずいた。

「『久遠』 とは、あることがいつまでも続くこと、永遠という意味だ。
 


「船の名前を決めるにあたって、船の名前を引き継いで 『初音二号』 あるいは 『初音Ⅱ』 でも良いのではないかとの案が多かったが、私は名前を変えたくてね」


「以前の持ち主が災難にあったのが、叔父さんでも気になりますか。そうは見えなかったけどな」


「はは……実はそうなんだ。

船の購入を決めたときは、そんなジンクスなんて吹き飛ばせってくらいの勢いだったが、外野に散々言われたからな。

まぁ、名前でゲンをかつごうってことだ。 

未来永劫、幾久しく、末永く、全部をひっくるめた名前だ。 

字面も音の響きもいい。私は気に入ってるよ」


「私たちも船の名前にあやかりましょうね。披露宴で出会ったみなさんも幸せになっていただきたいわ」


「君たちの計画、面白いじゃないか。披露宴でカップリングか、船のイメージアップは間違いないね。

その中から結婚しようってカップルが生まれたら、船上結婚式をやってもらおう。新婚旅行も大幅割引だ!」


「叔父さん、ずいぶん気前がいいですね。セッティングした俺たちに特典はないんですか?」


「それは結果次第だな。

私をこのあいだのように、ときどき特別会員に加えてくれるってのなら考えてもいいが。

いやぁ、実に楽しい会だった。なぁ、新会員の募集はないのか?」



ちょっと叔父さん、その話は……と、宗が久我の叔父さまの口を塞がんばかりにあわてている。

私たちには秘密の 『アインシュタイン倶楽部』 だが、秘密だと思っているのは会員のみなさんだけ。

私も佐保さんも、美那子さんもほかのみなさんも、彼らが集まっていることなどお見通しなのに。

久我の叔父さまが特別会員だというのも、今の会話でわかったけれど……

会話は聞こえなかったことにして、ふたりの声から耳を背け船室の窓から外の景色に目をやった。

波はゆるやかに漂い、キラキラときらめいている。

「お仕度のお時間でございます」 と声をかけられるまで、私は波間の美しさに目を奪われていた。