ボレロ - 第三楽章 -



「披露宴の準備はどうです。客船の乗務員は確保できましたか」
 

「『初音』 の乗務員が、引き続き 『久遠』 に乗務するのかはさておき、披露宴には船のスタッフとして参加してくれるそうです。

沢渡さんの希望だったクルーズも実現しそうですから、期待してください」



私が答えるより先に、狩野がみなに説明を始めた。

もっとも披露宴を取り仕切っているのは 『榊ホテル東京』 の西村本部長だから、私より狩野のほうが詳しいのだが。



「ナイトクルーズは夜景が楽しみね。私たちは宿泊まで希望したんですよ。みなさんは?」


「僕らは披露宴だけ出席です」



美那子さんの問いかけに返事をしたのは霧島君で、身重の美野里さんを気遣って披露宴だけ出席だという。

霧島君以外は、みな宿泊も希望したそうだ。 

「おふたりもお泊りになるんでしょう?」 と紫子に聞かれたため、久我の叔父の計らいで 「ロイヤルスィート」 に前日から宿泊することになっていると伝えた。

客船見学をした倶楽部の面々は 「ロイヤルスィート」 の客室も見学していた。

女性たちの 「名前だけでもすごいお部屋ね」 と興味深そうな目に、「普通のマンションくらいの広さがあった」 と、それぞれの連れが説明している。

「新婚旅行の代わりだな、良かったじゃないか」 と狩野に言われ、実は新婚旅行に行くことになった、平岡と蒔絵さんも一緒だと打ち明けた。



「新婚旅行もロイヤルスィートか! それはまた豪勢だな」

 
「ほかの客から見たら、若造が身の程知らずだと思うかもしれない」


「そんなことはない。さすが近衛の跡取りだ、新婚旅行も半端じゃないと感心されるだろうよ」


「それにしても羨ましいよ。平岡君、僕と代わらないか?」



『久遠』 の船長の話を聞いてから、船旅に行きたくて仕方がないと、沢渡さんは本気で平岡を羨ましがった。

行く予定もないのにパンフレットを取り寄せて、夜な夜な眺めてるのよと美那子さんが笑っている。



「すみません。僕もこれから独立するので、船の旅で人脈を広げようと思っています」


「『客船 初音』 の最後の航海ということもあるが、乗客はそうそうたる顔ぶれだ。 

平岡が言うように、人脈を広げるチャンスだよ」



両親がこの旅に賛成し、私たちにぜひ行くようにと勧めたのは、もちろん新婚旅行のためでもあるが、客船に乗り合わせる人々との交流を考えてのことでもあった。

船旅という特性から、現役を退いた方々がほとんどだが、その道の第一線で活躍してきた人が多く乗り合わせている。

話を聞くだけでもためになるだろう、こちらの名前と顔を知っていただければ幸いだ。

旅行なんてと思っていたが、今は実のある旅になりそうだと楽しみになっていた。



「旅行に行くことになって良かったじゃないか。

そうだ新居の件はどうなった、マンションを絞り込んだのか?」



マンションという単語がでたことから、話は私たちの新居へと移っていた。

ここでも狩野が 「マンションより戸建てがいい」 と自分の家のことのように熱心に語っている。

間取りは……と、女性陣も、これまた自分の家のように真剣な意見がでていた。

さらに家の管理を任せるハウスキーパーや、家に仕える人の数まで心配してくれていた。

彼らの話を聞きながら珠貴に目配せをすると、彼女の顔がコクンとうなずいた。



「実は、近衛の大叔母から、家を探しているなら、ここを使ってはどうかといわれてね」


「ここって……大叔母様のお屋敷を?」


「うん。自分は歳をとって管理も大変になってきたから、マンションに移ろうと思っている。 

土地と屋敷を俺たちに譲りたいそうだ」


「その大叔母さまは、宗一郎さんとどんなご関係なの? ご親戚の方はいらっしゃらないのですか」



聞いてきたのは美那子さんで、それには浜尾君が返事をした。

彼女の一族は近衛家に勤めてくれている者が多く、よって、我が家の事情には私以上に詳しい。



「宗一郎さんのおじいさまの弟さん、礼次郎さまの奥様でいらっしゃいます。

お子様に恵まれず、ご親戚の男子を養子に迎えて跡つぎになさいましたが、若くしてお亡くなりになられ、その方の奥様は、お子様をつれてご実家にお戻りになられました。

いまでもお付き合いはございますが、もう近衛家を離れた方ですので」


「それでは、大叔母さまには直系のお子さんはいらっしゃらないのね」



それなら、宗一郎さんが相続されても問題ありませんねと、美那子さんの言葉は歯切れがよい。



「俺はいい話だと思うな。親父さんたちも安心だろう。その話、受けていいんじゃないか?」


「うん……だが思いもかけなかったことだけに、気持ちが追いつかないんだ」


「急いで答えを出さなくても、旅行中に考えればいいよ」


「そうね、そうよ」



潤一郎と紫子が、私たちを気遣ってこんな風に言ってくれた。

みなの意見はありがたいが、答えは自分たちで出さなくてはいけない。