ボレロ - 第三楽章 -



多忙な時ほど時間の経過が早く感じられるというが、いままさにそうで、毎日毎日が飛ぶように過ぎていく。

新婚旅行が決まってからというもの、私も珠貴も忙しさに拍車がかかり、気がつくと披露宴は
一週間後にせまっていた。

私たちよりめまぐるしい日々を過ごしているのが平岡で、社長命令で旅行に同行することになり、日常業務に加え私の三週間分の日程調整と、旅先における彼の仕事の準備をこなしているのだ。

平岡の婚約者の蒔絵さんも、出張の名目で珠貴の業務補佐として同行することになり、ふたりは旅の準備にも追われていた。

あまりの忙しさに平岡の口も荒っぽくなり、ぶつくさと文句ばかりをこぼしているが、それはそれで私には妙に心地良いものだ。

悟ったようなことを言う平岡より、突っかかるように文句を言われる方がいい。

平岡に嫌味を言われ私も負け時と応酬する。

堂本に 「いつもの調子が戻ってきましたね」 と言われるほど、私と平岡の関係は戻っていた。

留守中、平岡の代わりを務める堂本も仕事量が増していたが、彼は涼しい顔でこなしていた。 


朝の電話の用件は面倒事が多い……これは、経験から学んだ。
 
呼び出し音を聞きながら、また親父からかと身構えて電話に出ると、相手は近衛の大叔母だった。

「こんなに早くごめんなさいね。年寄りの朝は早いものだから」 と申し訳なさそうだが、
すこぶる元気な声で遠慮しているようではない。

用件は今日会いたい、話があるというもので 「夕方お時間があるかしら、年寄りはせっかちなのよ」 と、また歳のせいにしながら、こちらが断れない雰囲気をちらつかせている。

話とは何かと尋ねたが、電話で伝えるものでもないので直接会って話をしましょうといい、せっかちだと言いながら、肝心なことは先延ばしにされた。

「夕方6時に運転手を迎えに行かせます。珠貴さんもご一緒にね」 と伝えると、そそくさと電話を切られてしまったのだった。


これが今朝の出来事で、それにしても目まぐるしい一日だったと今日を振り返る。

早朝の電話で起こされ、日常業務をこなし、夕方大叔母の屋敷に行き、思いがけない話を聞かされ、そのあと 『榊ホテル東京』 へたどり着いたのは、日付けが変わる数十分前だった。

今夜は 『アインシュタイン倶楽部』 のメンバーが、彼らのパートナーをまじえ 『シャンタン』 で、結婚を祝う会を開いてくれることになっていた。



「忙しいだろうが、まさか我々の誘いを断ったりしないだろうね」 と、会を代表として沢渡さんから脅迫めいた招待を受けたのが一週間まえのこと。

「もちろん出席します」 と言うと、真夜中のパーティーだと伝えられた。

二名のディナーが一ヶ月前でも予約が難しいといわれる 『シャンタン』 で、十数人が集まるパーティーを開くのはまず無理だが、真夜中なら……と羽田さんに請合ってもらったと、沢渡さんは内輪話も披露してくれた。

オーナーでありながらフロアにおいてはギャルソンを務める羽田さんは、倶楽部の臨時顧問でもある。

去年のクリスマスと同じく、倶楽部会員の無理を聞いてくださったのだろう。

真夜中零時に始まったパーティーには、倶楽部のメンバーが誰一人欠けることなく参加していた。

今夜は、平岡と蒔絵さんの 「婚約を祝う会」 でもあった。

仕事の独立と結婚を決めたと平岡が打ち明けると 「めでたい、祝いだ!」 とメンバーが張り切ったのだ。 

平岡に寄り添っている蒔絵さんの指には、婚約指輪がはめられている。

みなからの祝いの言葉を受け照れている二人を見ていた狩野が 「これが本当だよなぁ」 と、私にささやいた。



「何が?」
 

「婚約して、指輪を贈って、結婚式をして、新婚旅行ってのが普通ってことだ。

珠貴さんの指にダイヤの指輪がみえないが、どうなったんだ? 婚約指輪の代わりに贈るんだろう?」


「オーダーしてるよ……披露宴には間に合うはずだが」


「入籍が先で、指輪が最後か。おまえのは順序が逆なんだよ」 



そう言いながら私の脇腹を小突いた。

ふんっ、とそっぽを向き、なんとでも言え……と言ってみたが、いい訳にもならない。

こうやって、この先事あるごとにからかわれるのだろう。