ボレロ - 第三楽章 -



昼食の席についたのは私が一番最後だった。

父と私たち夫婦だけかと思っていたのだが、その場には予想外に多くの顔がそろっていた。

遅くなりました……と入った私に 「やぁ、きたね」 と手を上げたのは久我の叔父だ。

平岡と堂本は何かを言いあっており、私へ申し訳程度に顔を向けたが、すぐにふたりで口論を再開した。

その様子を父と珠貴が見守っている。

「あのふたり、何をもめてるんですか?」 と叔父に尋ねると 「君の休暇についてバトル中」 と、意味不明な返事だった。



「二週間が限度だ、それ以上は無理だ」


「無理ではありません。三週間までなら、なんとかなります」


「副社長抜きでどうなるっていうんだ」


「ですから、それを平岡さんにお願いするんです」


「お願いするってなぁ、簡単に言うが、代理ができることとできないことがあるんだぞ!」



さっきからあの調子なのよ……と珠貴が嬉しさの中に困った表情をしている。

状況が飲み込めず 「どういうことですか」 とふたたび久我の叔父に聞いた。
 


「知弘君と静夏の結婚式の会場を、キャンセルした会長がいただろう」


「喜寿の祝いだったとか。その方がなにか」


「ウチのクルーズにも申し込んでいたんだよ。 

『初音』 の最後の航海だったが、そちらもキャンセルになった、

それで、宗一郎と珠貴さんの新婚旅行にどうかと、義兄さんに相談したんだが」


「クルーズといえばかなりの長旅ですね。

無理ですよ。二週間でも無茶だ、三週間なんてとても……」


「義兄さんや珠貴さんのご両親は、君たちを旅行に行かせたいらしい。 

塔子姉さんなんて、すっかりその気になってる。

珠貴さんの方は大丈夫だそうだ。この日程なら、三週間留守でも問題はないと知弘君から了解をもらった。

あとは宗一郎だが、突然のことだからなぁ、日程のやりくりは彼らに頼むしかない。

それで揉めてる」



クーガクルーズが所有する 『初音』 の最後の航海は 「アジアクルーズ」 でアジアの港をめぐりながら、約三週間の船旅だ。

出航は一ヵ月後、もし行くとなれば、披露宴の10日後に出発することになる。

三週間も留守にするにはそれ相応の前準備が必要で、一ヵ月後の予定はほぼ決まっているため、それらを動かすのは並大抵ではない。

日程の確保もさることながら、ほかにも気になることがある。



「某会長が予約してた部屋ってのは、かなり上の部屋なんでしょう?」 


「グレードか? ロイヤルスイートだよ。 

人生最後の旅だからとおっしゃっ、一番いい部屋を希望してくださったが、体調が思わしくないのではね。

こちらとしても残念だよ」


「叔父さん、まさかその部屋を俺たちにってことじゃ」


「そうだが、それがなにか?」


「なにか? って、ロイヤルスイートなんて、そっ、そんな、俺たちには分不相応ですよ」


「はっはぁ……費用を気にしてるのか? 株主優待ってことで割り引かせてもらうよ。

分不相応と思うのなら、この先、親父さんの期待に応えるように存分に働くことだな」



そうですが……と叔父に返しながら、誰が株主であるかを考えた。

私ではない、では親父が?

親父の顔を見ると、そ知らぬふりで別方向を向いている。

ひと時にらみ合っていた平岡と堂本の声が、また聞こえてきた。



「平岡さんが秘書として同行してください。 

仕事を持ち込むのは不本意でしょうが、一日のうちに二時間ほど時間を割いていただければ、こちらに支障はありません」

  
「はぁ? 何を言い出すんだ。そんなことできるわけないだろう!」


「うん、それでいい。平岡君、君も一緒に行ってくれ。これで決まりだ」


「社長!!」



私と平岡の声に、親父がニヤッと笑った。

一ヵ月後 『客船 初音』 の新婚旅行は、動かしようのない予定になった。