新婚旅行と聞いて顔を見合わせたままの私たちに 「行かないつもりなのか」 と、狩野が信じられないといった顔で聞いてきた。
そう言われても返事のしようがなく、入籍後の挨拶回り、急に決まった披露宴、もろもろの手続きに準備、などなど、結婚後の日々を追い立てられるように過ごし、新婚旅行をどうするかなど珠貴と話したこともなければ、両親から問われたこともなかった。
「必ずしも行くものでもないだろう」
「それはそうだが」
「ご夫婦になって初めての旅行ですもの、行ける時に行かれたほうが、ねぇ」
「うん、あとでなんて言ってると、子どもができたら動けなくなるぞ」
少々無理をしてでも行っておくべきだと、友人夫婦から力説された。
「あとで行こうという予定もないが、新婚旅行そのものが頭になかった。
それに、この状態で旅行なんて言い出したら、平岡がどんな顔をするか。
ことによっては怒鳴られそうだ」
「私のほうも時間的な余裕はありませんね。
披露宴の準備に時間をとられてしまって、仕事にも影響が出ていますから、休暇をとるどころか、披露宴のあとは残業続きになりそう」
「まぁ、そんなにお忙しいの?」 と佐保さんが気の毒な顔をし、「新婚旅行にも行かないのかと、周りに嫌味を言われるぞ」 と狩野から、それこそ嫌味を言われた。
さしずめ私は 「妻を新婚旅行にも連れて行ってやれない、ふがいない夫」 なのかもしれない。
「俺に甲斐性がないからだと思わせておけばいい」
「そんなことはないわ。
私のために入籍を早めてくれたんですもの、旅行はいつか行きましょう。
まずは披露宴ね。やると決めたんですもの、頑張らなくちゃ」
「うん……」
「旅行はさておき、披露宴が目の前に控えてるんだ。
準備は新郎より新婦の方に負担がかかる。珠貴さんは大変だ。
近衛、衣装くらいで文句を言うな。彼女の方が何倍も忙しいんだからな」
「わかってるよ……」
さっきと違って素直だなと狩野が私を覗き込み、それを見て、お衣装がどうしたの?
……と珠貴が聞いてきた。
自分たちの好みを押しつけてしまったのではないか、もしあなたの希望があるのなら選びなおしましょうかと、そんな心配をしているが、選びなおすなどとんでもない。
これ以上衣装選びなどに時間をとられたくはない。
なにより、また着せ替え人形になるつもりはなかった。
「あのままでいいよ。他に決めることもたくさんあるからね。
そうだ、マンションの候補がいくつか見つかったんだ」
「わぁ、そうなの?」
話題を変えて珠貴の興味を引いた。
わずかな時間しか身に付けないタキシードにこだわるより、この先長く住む家の方が重要だ。
住まいが落ち着かなければ新生活は成り立たないからねと、珠貴だけでなく友人夫婦にも訴えた。
披露宴の衣装などたいした問題ではないと言わんばかりに、話の向きを変えていく。
ワイングラスを手にした狩野も、さっそく家の話題にのってきた。
狩野が自慢する佐保さんの料理が、話の合間に次々にテーブルに並べられていた。
何度も 「美味しい」 と口にしたのは正直な感想であり、その証拠に皿のものは綺麗になくなっていく。
舌鼓を打つ私たちを嬉しそうに見ながら、キッチンとリビングを往復していた佐保さんも、最後の料理を出し終わると腰を落ち着け 「私もいただきますね」 と狩野にグラスを差し出した。
招待してもらったお礼にとワインを持参した。
家に招いてくれたのは、私たちと狩野が親しい間柄ということもあるが、酒をたしなまない私が、ゆっくり食事ができるようにと、ふたりが気遣ってくれたからだろう。
私に付き合って狩野も飲まないのではないかと思われたため、こちらがアルコールを用意すれば、彼も遠慮なく飲んでくれるだろうと思い、珠貴と相談してワインセラーから何本かを選び出し、手土産代わりに持参したのだった。
「マンションを移るのか。そうだな、俺たちと違って客を招くとなると狭いか」
「俺たちと違ってって、なにが違う。狩野だって自宅に客を呼ぶだろう」
「呼ぶのは親しい友人だけだ。仕事の客はホテルでもてなすよ。その方が手間がない」
「なるほど、わざわざ自宅に呼ぶ必要はないのか」
「ホテル屋の強みだな。急な客にも対応できる、多少の無理も利く。
表面は満室でも、かならず予備の部屋はあるんだ。なんといっても自前のホテルだからな」
だから自宅はさほど広くなくてもいいと言う。
とはいえ、このマンションもそれなりの広さがあり、私の自宅より広く部屋数も多い。
俺たちも客の接待は 『榊ホテル』 に頼もうか、と冗談ではなく言うと、珠貴からそうはいかないわと真剣に反論された。



