ボレロ - 第三楽章 -




高い天井にシャンデリアが燦然と輝き、 『鳳凰の間』 は眩い光に満ちている。 

知弘さんと並んで入ってきた静夏ちゃんへ、潤一郎さんと宗は眩しそうな目を向けていた。



「会長の米寿の祝いが、ここのお披露目になるはずだったんだろう? まるで静夏のために用意したみたいだな」


「ホール内を全面改装、シャンデリアも絨毯も特注、ナプキン一枚にもこだわっているらしい。 

狩野に言わせると、 『榊ホテル』 で一番贅沢なバンケットホールだそうだ」



私と紫子さんは、シャンデリアと言われ天井を仰ぎ、絨毯と聞き足元を見つめた。

真新しいホールはどこもかしこも輝いている。



「リニューアルしたばかりのホールがキャンセルになるなんて滅多にない。 

静夏は小さい頃から運のいいヤツだった。

入手困難と思われていた品を偶然手に入れたり、倍率の高い抽選に当たるのも、いつも静夏だった」

 
「反対されていた留学も、いつのまにか思い通りになっていた。結婚しても運はつかんでいるらしい」


「知弘さんが、静夏のことだろうが、女神をもらったと言ってたよ。

ノロケかと思っていたが、幸運の女神だったってことか」


「静夏が可愛くて仕方ないみたいだ」



ふたりの言葉は憎まれ口でありながら、静夏ちゃんへの愛情にあふれている。

静夏ちゃんが可愛いのは宗も潤一郎さんも同じ、妹が結婚する寂しさを今ごろ感じているのだろう。

紫子さんが 「私も女神だった?」 と潤一郎さんに聞くと 「もちろん」 とすかさず返事があった。

答えに満足した紫子さんの顔は幸せそうだ。



「静夏ちゃんが幸運をつかむタイプなら、潤一郎さんは着々と準備を進めて堅実に進むタイプね」


「うん、潤は手堅く物事を進めていく。そして、確実に結果を出す。 

俺は遠回りばかりだ、静夏に運を全部持っていかれたのか?」


「そうでもないよ。宗は遠回りだけど、最後は思った以上の成果を挙げている。

仕事も結婚も、そうだろう?」



潤一郎さんにそう言われ、宗が顔を緩ませた。

潤一郎さんが紫子さんへ言ったように 「もちろん」 と言ってはくれないが、彼の表情だけで私には充分だった。





シャンデリアの灯りが煌くもと、知弘さんと静夏ちゃんが寄り添って歩く。

ドレスの裾を気遣いながら、愛しそうに彼女を支える知弘さんと、腰に添えられた手に自分の手を重ね、注がれた目を見つめ返す静夏ちゃんの様子は、そこにいるすべての人々へ幸せをもたらす、幸せに満ち笑顔だった。

苦しい恋愛のあと、長い間心のよりどころを失っていた知弘さんのそばに寄り添ったのは、恋を見失ったあと、さまよう心をもてあましていた静夏ちゃんだった。

二人が出会い惹かれあったのは、そうなる時がきていたから……

「寄り道も遠回りも、人生に無駄なことなど何ひとつないと、いま思えるよ」 とは、知弘さんが結婚式を前に、私に伝えてくれた言葉だ。


宗も私も、本当に遠回りばかりだった。

婚約者がいながら結婚へと至らず、婚約を解消したことで、宗はマイナス面を抱えることになった。 

婚約解消の原因は宗にあったのだろうと周囲から誤解され、彼はそれらを黙って受け止めて過ごしてきた。

私にも結婚を考えた男性がいたが、気持ちのすれ違いと考え方の相違から別れへいたった。

二年間日本を離れ、さまざまな思いにさいなまれながらも、気持ちに区切りをつけて帰国した。

そして、宗と出会った。

辛い過去も苦しんだ思いも、私たちが出会うために必要な時間だったのかもしれない。



交際を通じて共通の友人が増えた。

互いの友人が知り合いになり、その輪が広がっていった。

この席に宗と並んで座ることができたのも、友人たちの力によるものが大きい。


宗の私設秘書となった真琴さんは、櫻井さんとともにきめ細やかな対応をしてくださった。

プライベートの時間の管理は完璧で、短期間で大勢の方に接触できたのは、二人のおかげだと宗も感謝している。

同じく、私の秘書をと申し出てくれた浅見さんの働きも、目を見張るばかりだった。  

「室長は私を許してくださいました」 と彼女はことあるごとに口にした。

許した……結果的にはそうなるが、同じ思いを経験した私だから、浅見さんの気持ちを理解できた、

それだけのこと。

彼女が私へ向けてくれる信頼こそが、私にとっては嬉しいことだった。

真琴さんも浅見さんも、私たちの披露宴まで秘書を務めてくれることになっている。

もっとも、彼女たちの力がなければ、多くをこなすことはできないだろう。

私も宗も二人を頼りにしている。


狩野さんと平岡さんには、ひとことでは言えないほどお世話になった。

もっとも親しい友人であるふたりは、宗の良き理解者であり、ときには苦言も口にしてくれる。

ふたりに出会い、私も頼もしい友人を得た。

狩野さんの奥さまの佐保さんは、お会いした時から私の味方でいてくださった。

優しくて穏やかで、ずっとご一緒していたい、そんな方だ。

平岡さんの恋人の蒔絵さん、彼女との出会いは私の人生を大きく変えた。

蒔絵さんのおかげで、私は新しい自分を開拓できた。

これはまだ、宗には内緒にしているが……

平岡さんと蒔絵さんは、密かに新しい生活のための準備をはじめた。

いつかお二人の力になれたらと考えている。