ボレロ - 第三楽章 -



『榊ホテル東京』 を押さえることができたのは奇跡に近いそうで、副支配人の狩野さんと宗が、親しい友人であるから実現できたのだと知弘さんから聞いていた

某社の会長の米寿の祝いの会のため予約されていたホールは、立食なら数百人のパーティーが可能な広さがある。

会長の都合で、予約がキャンセルされたのは二ヶ月前のこと、宗の義兄である 『SUDO』 の須藤知弘専務が、結婚式の会場を探していると知っていた狩野さんは、すぐに知弘さんに打診した。

交渉はその場で成立し、結婚式は 『榊ホテル東京 鳳凰の間』 に決まり今日を迎えた。


今日の私たちは、新郎新婦にも劣らぬ忙しい時間を過ごしている。

新婦の兄夫婦としてお客さまへ挨拶をする私たちへも、祝いの言葉がかけられた。

挨拶は次から次へと途切れることなく続き、一息つく間もなかったが、宗と並んで近衛家の親族として挨拶を受ける嬉しさは格別だった。


披露宴前の和やかな時間でもあり、私のイブニングドレスに目を留めてくださる方も多い。



「とても良くお似合いですわ。織りに光沢がありますのね」 



こんな風に布地に興味を示してくださる方も少なくない。

私もお願いしようかしらとの声もあり、披露宴におけるビジネス戦略は上々だった。

ドレスと同じくらい声をかけられたのが、私の真新しい指輪で、結婚指輪についても3人の方から製作の依頼をいただいた。

また、結婚指輪とともに真珠の指輪も褒めていただいた。

みなさん真珠は婚約指輪だと思われたようで、宗へ 「素晴らしいですわ」 とおっしゃるものだから、宗は苦笑いとも嬉しい笑みともつかない、複雑な顔をすることになっていた。

私たちの様子を遠巻きに見ていた紗妃が、挨拶の合間に駆け寄ってきて 「ほら見て」 とドレスを披露する。

紗妃にとってはじめての正装は、少女から大人の顔が見え隠れするようで私の目にも眩しく、宗は 「お義兄さま」 と呼ばれ、しきりに照れていた。

多少興奮気味の紗妃は、一方的なおしゃべりに気が済むと 「またね」 と言い、両親のもとへ戻っていった。

紗妃の背中を見ながら、実家から離れたのだとこんなところで実感した。

披露宴の時刻が近づくと、お客さまの数が一段と増えてきた。

途中何度も声をかけられ、招待客の間を縫うようにたどり、ようやく席についた。



「これでも出席者を抑えたんですって、それでもすごいお客さまね」


「専務の立場としては、譲歩できるギリギリの人数だね」


「またキャンセルが……なんてこと、ないわね」


「ははっ、そんなに都合よくはいかないよ」


「そうよね。どうなるのかしら、私たちのお式……」 

 

「お袋が張り切っているからなぁ」 と言いながら、宗は入り口に目をやった。

近衛の両親はまだお客さまと歓談中で、お義母さまは笑みを絶やすことなく話に応じている。



「お袋には、にこやかに微笑んで相手に有無を言わせない迫力がある。 

任せておけばいいよ」
 


左手に目を落とし、お義母さまからいただいた指輪を見つめた。 



「指輪だけど」


「なぁに?」


「お袋から、ダイヤは遠慮しておきましたからと言われた。 

珠貴にダイヤの指輪を贈るのは、俺の役目だそうだ……結婚記念に贈るよ」



婚約指輪も豪華な婚礼衣装も、私にとってはそれほど重要な意味を持たないものだと思っていた。 

けれど、贈ってもらえるのは嬉しいものだと、いまなら素直に思える。

宗の手が伸びてきて、私の左手を握り締める。

披露宴前のざわめきの中、ひととき幸せに包まれた。